第23章 こいびとおにいちゃんズ。の彼女
私の懇願にも似た言葉に、
杏寿郎さんは息を凝らして
ジッと一点を見つめていた。
……あれ?
「…あの、お掃除行って参ります、ね?」
声をかけるも、
杏寿郎さんは考え事に没頭しているようで
返事をするどころか
ぴくりとも動かなかい。
この状態の杏寿郎さんは
しばらく放置するしかない事を知っている私は
そろりとその場を後にするのだった。
掃除を終えた私が
自分の部屋に戻り、程なくして
杏寿郎さんがやってきた。
部屋に招き入れると
何やら神妙な面持ちで私の正面に座る。
そんなに畏まられると
こっちまで緊張してくるから
普通にしていてもらいたいのだけど…。
さっき彼の部屋にいる時に見せた、
あの表情の理由を話されるような予感がして
身構えてしまう。
それなのに、
「…ははっ」
何の脈絡もなく、杏寿郎さんが笑いを洩らした。
私は何が何だかわからなくて
ぽかんと彼を見つめた。
「すまない」
笑いを含んだ謝罪。
尚もわからない。
何を笑われて、何を謝られたのだろう…?
「あまりに緊張しているようだったから
可愛くなってしまった。嘲ったわけではないぞ」
「…はい…いえ…」
なんだ。
…そんなに真面目な話があったわけでは
なかったのかな。
拍子抜けした私は
気の抜けた情け無い返事しか出来なかった。
元気に笑う杏寿郎さんの顔が
シュっと真面目な表情に引き締まる。
「睦、さっきの話で
少し引っ掛かるところがある」
「はい。…さっきの話…?」
「ああ。睦がどう思っているかは
わからないが、」
杏寿郎さんはそう前置きしてから
ひとつ、深呼吸をした。
「俺は君がただここにいてくれれば
それでいいと、心から思っている。
それだけでいいんだ。
わかるか?」
「……は、い…」
曖昧な返事。
正直よくわかっていない。
あまりに唐突だ。
杏寿郎さんは『さっきの話』と言ったのに、
そんな話をした覚えはなかった。
きっと私の心は、顔に思い切り出ていただろう。
だって杏寿郎さんが優しげに破顔したもの。
「ここにいる為に『しなければならない事』
などないよ。働かざる者食うべからず。
良い心がけだ!しかし、それは
君をここに置く為の理由ではない」