第20章 旱天慈雨
「妬けるよ、睦。
居もしねぇ幻影のくせに、
いつまでもお前のこと支配しやがって。
お前もお前で、ヤツから抜け出す事が出来ねぇ。
そんだけ強く、
お前の中に残り続けてやがる」
睦は無言のまま
俺の目を見つめ続けていた。
「俺がこんなにそばに居るってのに…。
なぁ俺の事、見えてるか?」
「……天元?」
何を言ってるの?と
呟くように言った。
「……ホント。何言ってんだ俺は」
忘れて欲しくて
小さな体を抱きしめる。
それを喜ぶように擦り寄ってくる睦は
胸が締め付けられるくらい切なげだ。
風のざわめきや、
ほんの小さな物音が聞こえるたび
敏感に反応する睦は
少しも俺から離れようとはしなかった。
くっつかれんのは全然いい。
むしろ大歓迎。
でも、
「睦、何も来やしねぇよ?」
こんな睦は見てらんねぇ。
縋るように俺を見上げ、
静かに涙を流した。
「お前には何も悪いことは起きねぇよ。
俺が、そうはさせねぇから」
「……」
「なぁ、アレがほんとに母親だと思うのか?」
「っ!」
びくりとすくみ上がる睦に
「そんなに、似てた?」
質問を重ねる。
『似てた』と言う事で、
アレは別人だと暗に伝えたつもりだった。
だがそれは、逆効果。
大きくかぶりを振った睦は
苦悶の表情を浮かべる。
根深く刻まれた、苦しいだけの過去。
「…ガキの頃から、
やり直しがきかねぇモンかねぇ…」
額に唇を押し付けた。
「俺が、愛を教えてやるのにな…」
「…今…」
「…?」
それだけ言って、
睦はその先を言うのをやめた。
続きを誘い出すように
そっと唇を合わせる。
こんな時に何をするんだと怒られると思っていた。
怒るだけの力を出してくれればいいと、
少しだけ期待していた。
でも、押しのけるでも怒るでもなく
睦は俺を受け入れる。
まるでそれを、望んでいたかのように。
でもその反面、静かに怯えている睦が
あんまり悲痛の色を濃くするから
それを忘れさせてやりたくて…
俺しか見えないようにしてやれれば
それが1番いいなんて考えてもいた。