第20章 旱天慈雨
同時にぱちっと目を開けた。
目の前に俺を見つけ、
驚いたのか一瞬身を引こうとしたが
頭が俺だと理解したようで、
一転、思い切り縋り付いて来る。
だから俺も、力いっぱい抱きしめてやった。
息はしっかりできている。
合わさる胸から伝わる、速い鼓動。
あの時なにがあったのか。
なにがこいつをおかしくしたのか。
それを早く聞き出したいが
こんな姿を目の当たりにすると
俺の欲求を満たすよりも
先にこの状態をなんとかしてやりたくて…。
そんなもどかしい状況を打破してくれたのは
当の睦だった。
ぐっと息を飲んでから
「…ごめん、なさい…どうしよう、
逃げて、きちゃった…」
ふたりの隙間を埋めるように
必死にしがみついてくる。
「どうしようってなんだよ。
逃げてきた、のか?」
何から?
「にげ、ちゃった…だって…
また私に…」
俺の胸に額を当て、
俯いてぶつぶつと話し出す。
いや、もう独り言だ。
「こら、俺に話せ。
俺を頼らねぇと意味がねぇだろ」
そう伝えると、
睦はそろりと顔を上げ
「…頼って、いいの?」
呆然としている。
頼っていいかだと?
「お前俺のこと何だと思ってんの?
俺頼らねぇでどうすんだよ」
当たり前の事を言っただけなのに
睦は大粒の涙をボロボロとこぼした。
「…だって、…だってね、あんな笑顔で…っ、
私の事を謀ろうと…」
話し出した睦。
…いつもの、支離滅裂?
でも、やけに物騒な内容。
俺はもう少し、様子を窺う事にした。
「優しく笑って近づいて、
また私に毒を食べさせるの…
あんなもの食べたら…私またお腹が痛くなって…」
「……」
毒…?
また、食べさせる?
「でも逃げたりしたら、
追いかけて来て食べ物を粗末にするなって
…殴られる…っ」
待て、その話は…
「わかった!もういい。もう言うな」
昔の記憶…?
「助けて!絶対に来るよ!もういやだ!」
「おい睦!大丈夫だ、俺がいるから!」
「大丈夫じゃない!お母さんが、…いたの…」
絶望したように、
しがみつかせていた手から力が抜けた。
もう逃げられないとでも思ったのか。
そんな睦をキツく抱きしめ、
頭を撫でてやりながら、俺は店の方を振り返った。