第20章 旱天慈雨
「っ‼︎ごめんなさい!食べます!」
もうどこを見ているかわからない目で
いきなり喚き出す睦。
「え…っ、あの…」
困惑する女中は、
「…お召し上がり、ですか?」
身を屈めて睦を覗き込んだ。
「食べます!ごめんなさい!大丈夫です」
「お前どこが大丈夫なんだよ。
しっかりしろ」
「大丈夫…しっかりしてる。
だってちゃんと食べないと…」
「お客さん…」
「ごめんなさい!」
睦はその女中が何かを言いかける度に
頭を抱えて謝った。
こんな睦を
見た事があった。
再会間もない頃、
俺が、怒鳴りつけた時だ。
自らの腕で頭を守り
ごめんなさいと、…
もう殴らないでと怯えて泣いた。
でも…この女中は、
最初から優しい対応だったはず。
なのにこの怯え方は異常だ。
「姉さん気にしないでくれ。ソレ頼んだ」
「はい…お包み致しますので
少しお待ちくださいね」
睦に目を向けたまま
食いかけのいそべに手を伸ばす。
「大丈夫…」
「わかったから。ちょっと出よう」
「だめよ!与えられた物は
完食しなくちゃいけないの!
例え毒だろうが食べなくちゃいけないの!」
「……」
なんて事を言うんだ…
俺はもうワケがわからなかった。
睦の言った
『毒』という言葉を聞いた周りの客たちは
ヒソヒソと何かを話し出した。
ここの食いモンに毒が入っていると
勘違いされちゃ困る。
早いとこ出ねぇと…
睦を立たせようとするが
硬直した体にはうまく力が入らないようだ。
そんな事をしているうちに
さっきの女中が戻ってくる。
「お待たせ致しました。
あの、本当に大丈夫でいらっしゃいますか?」
「あぁ、済まねぇな。店に迷惑をかけた」
「いえいえ、それよりも
お大事にされて下さい。
それからこちら、先程のお餅です。
新しい物もご用意しましたので
お加減がよくなったら召し上がって下さい」
その女中が、
床に座り込んでいる俺たちに向かって
包みを差し出した瞬間、
「——っ‼︎」
睦は声にもならない悲鳴を上げ、
同時にすっくと立ち上がると
転がるようにして店の外へ出て行った。