第19章 思い出 ☆彡
そうやって可愛く逃げられると
余計に追いたくなるんだよ。
こちらが作り出す雰囲気に飲まれないよう
必死に堪えているのが伝わってくる。
そんなの、もう堕ちているようなものだ。
勘違いすんなってお前は言うが、
そうさせてんのは間違いなくお前なんだぞ。
「…気づいてねぇのかよ」
つい洩れた心の声。
何の脈絡もなく口をついて出た俺の言葉に
不思議顔で見上げた睦。
目が、合ってしまった。
こんなに近くに、睦がいる。
その喜びは体が震え出す程で。
あぁ、その唇を奪いたい。
力いっぱい抱きしめて
めちゃくちゃにしてやりたい。
でも泣かれるのだけは勘弁だ。
だから優しく囁き続けて、
照れて狂わせてしまいたい。
俺だけを、焼き付けたい。
どうしても、こっちを向いて欲しい。
顔だけじゃなく、心も…。
なのに睦は、
やっぱり顔を背けてしまって、
「私が何に、気づいてないんですか…?」
不安そうに声を震わせた。
何に気づいてないのかって…?
お前の心が、俺に向かい始めてるって事にだ。
そう言ってしまえたら、どんなにか楽だろう。
でも、俺がそんな事を言えば、
お前はきっと殻に閉じこもる。
そしてもう2度と出て来はしないだろう。
そんな予感がするんだ。
だって睦、お前は
自分が幸せになろうとはしていないだろ?
なぜなのかはわからない。
でも、幸せを拒むかのように
いつもいつも1人で泣いているのだ。
お前の過去に、忘れられない何がある…?
「…なんだろうなぁ?」
はぐらかすような俺の物言いに
「なんですかそれ。
宇髄さんが言ったんじゃないですか」
あからさまに眉を寄せた。
しかもかなり不満そう。
「睦が愛しくて仕方ねぇって事よ。
お前が俺に心を向けてくれりゃ
万々歳なんだがなぁ」
「そ、んな調子のいいこと言ってごまかして!
騙されませんよ」
「…騙すって何を」
「私のこと好きになる人なんか
いるわけありませんから…」
目を伏せた睦はひどく悲しそうで
俺はついめいっぱい抱きしめて
「なんだそれ。ここに、確かに居んだよ。
この先、嫌ってほど思い知らせてやるから
覚悟しとけよ」
この時の俺は知らなかったんだ。
睦がどんな目にあって来たのかを。