第19章 思い出 ☆彡
天元は優しい口づけをくれて、
そっと私の体を包んでくれた。
ゆっくり唇を離すと
切なげな瞳で覗き込み、私の様子を窺う。
その眼差しがあまりにも沈痛な面持ちで
これはきっと、
はっきりさせたいのだろうと思った私は
話して聞かせることにした。
⌘
母からの当たりはひどいもの。
とは言っても、いつもの事だ。
ひどく可哀想な人だったんだろう。
幼い私には、理解ができなかったけれど。
「睦ほら、これをやろう」
お父さんがそう言って差し出したのは
きれいな千代紙の巻かれた筒。
「こうやって…覗いてみな」
明るい方に向かって、
逆さにした筒を目元に当ててくるくると回す。
私の片目に飛び込んできたのは、
あまりにも美しい世界だった。
びっくりして、
ぱっとお父さんを見遣ると、
「きれいだろ?」
優しく笑ってくれる。
「うん!すごい、……きれい…」
私はもう一度その筒を覗き込み
回るたびに形を変える美しい世界に見入った。
その時から万華鏡というものに魅せられた私。
ほぼ一日中、その世界に浸っていた。
そして、それを良く思わない母。
今思えば、お父さんからの贈り物に
やきもちを妬いただけなのかもしれない。
私の手から万華鏡を奪い取り、
「こんなもの一日中見て…
すこしは私の手伝いをしな!」
そう言い放ったのだ。
でも、
「朝ごはん、つくったよ!返して!」
珍しく食ってかかる私に目を剥いて
「うるさい!そんなもの、
私がしてる事に比べたらしてないのと同じだ!
遊びたいならもっとちゃんと働きな!」
持っていた万華鏡を乱暴に投げつけた。
ガッと、硬い音がして…
きっと中の鏡が外れたのだろう。
私がそれを取りに駆け出そうとした瞬間
腕を強く取られ、
「あんたなんかいらない子なんだ!
なのに贈り物なんかもらって
いい気になるんじゃないよ!」
悲鳴のような叫び声を浴びせられた。
本当に、冷水を頭から浴びたような、
それ程の衝撃だった。
はっきりと『いらない子』と言われたのは
それが初めてだったと思う。
母の態度から、
きっとそうなんだろうと感じてはいたが
はっきりと言葉にされてしまうと
もう絶望しかなくて…
私はその場にくずおれた。
そうなった事で母は満たされたのか、
ぽいっと私の手を放って去って行った。