第16章 実弥さんと一緒
「睦…」
「1人で卑屈になってた。
大好きな人に置いてけぼりにされたと
勝手に思い込んで。
全然、そんな事なかったのに」
「…ありがとな。ごめんな」
優しい手が、頬を包んでくれた。
「うん。でも、
実弥さんが怒る気持ちもわかるから。
私…自分でも止められなかった。
ごめんなさい」
そこまで言うと実弥さんは
小さく吹き出した。
「もうやめようぜ、ごめんの言い合い」
私をぎゅうっと抱き込んだ。
私が目を閉じると
「俺んとこ来る話、考えとけよ」
なんて性懲りも無く言ってのける。
私は塞がらない口のまま
彼を凝視してしまうのだった。
3日後、母が退院をした。
迎えに行った私に、母は話があると言った。
…ゆっくりと歩きながら、
お母さんと、あの恋人の話を聞かされた。
随分前から、母を支えてくれていた事。
その人が仕事の関係で遠くへ行ってしまう事。
それに、ついて行きたい事。
そんな事に
私を付き合わせるわけにはいかなくて…
だから実弥さんに預けようと考えた事。
ねぇ、それはさぁ、
あんまり身勝手じゃない?
そう言った私に、
恋ってそんなもんでしょ?
なんて、笑ってみせる。
この人はいつまで経っても少女のよう。
今まで、私のために生きてきてくれたんだ。
もう、解放されてもいいのかな…
別に、永遠の別れじゃないのだから。
何やら、睦の様子がおかしい。
何が、と言われると、少し困るのだが。
今日は、
2人で買い物に行った。
俺の家に戻る途中。
睦の異変に気づいたのは、
その時だ。
俺のする話にも上の空。
どうしたのか尋ねても
大丈夫、何でもないの一点張り。
こいつの大丈夫はなんのアテにもならねぇ。
何があったのか。
俺がなんかしたか?
…いや、怒っているふうじゃなかった。
体調が悪ィわえでも無さそうだ。
つう事は…。
ひとつだけ、思い当たる節があった。
俺と暮らす事、考えてんのかな。
そうならいいと思う。
睦が俺との事を考えてると思うだけで
嬉しくなるのだから、俺も相当やばい。
家に着き、睦は
当たり前のように夕飯の支度を始めた。