第16章 実弥さんと一緒
それに気づいた睦は
きょとんとして俺を見つめる。
何をしているの?
とでも言いたげな表情に、
「今朝の約束、忘れたわけじゃねぇよなァ?」
少し不安になった俺。
あ、と表情で語った睦は
勢いよく俺の胸に飛び込んでくる。
「覚えてますっ」
「……絶対ェ忘れてたよな」
「忘れてません!」
「本当かよ…」
しつこく疑う俺に
「実弥さん!」
窘めるように言い顔を上げる睦。
「ヘェ…。じゃこっちも忘れてねぇのかよ?」
俺が顔を寄せると
「えー…と、…何でしたっけ」
なんて、頬を染めてそっぽを向く。
「今更、照れてんじゃねぇよ。
そもそもお前が言い出したんだぞ」
「…だって…玄関ですよ」
往生際の悪い睦に、
「ただいまの口づけは玄関でするって
決まってんだろ」
勝手な理由をつけて、
我慢のきかねぇ俺は
やや強引に、睦の口を奪ったのだった。
翌日、私たちは揃って病院を訪れた。
門をくぐった所で
奥から随分と慌てた看護婦さんが
こちらに向かって来る……
何か、あったんだ…
私は知らず、身構えた。
実弥さんの手を、ぎゅっと、握りしめた。
「櫻井さん!
お母様、お目覚めになりましたよ!」
そう聞いた途端、
その場に崩れてしまいそうな私の手を引っ張って
実弥さんは私を、病室まで連れて行ってくれた。
「もう何の心配もないでしょう。
あと数日、特に異変がなければ
退院できますよ」
そう言って医師は出て行った。
…あぁ、よかった!
「お母さん!」
「睦、ごめんね…」
とても申し訳なさそうに言うお母さん。
「ほんとだよ!何でこんな大切な事
言ってくれなかったの?」
「うん…。言わなくちゃと思いながら
睦の負担になるのがイヤで…
あんたの生活、
邪魔したり迷惑かけちゃうかと思うと
なかなか言い出せなくて…」
「そんなこと思うわけないじゃない!」
私が涙を零すと母は私の頭を撫でながら
「実弥さんも、ごめんなさい」
後ろに控えていた実弥さんに声をかけた。
「いえ、俺は何も。
睦、俺はもう行くな。せっかくだ、
たくさん話して行け」