第12章 形影一如
「あら、全く問題ありませんよ。ここには
お忍びで来られる方もたくさんいらっしゃって。
許されぬ恋や道ならぬ恋をされている方も
おみえになるんです。
平気で裸のままでいる方もいるので…
片やお2人はご夫婦だって言うし、
しかも新婚さんでしょう?
何にもおかしな事はありませんよー。
むしろ正常です」
……客商売だぞ。
しかも健全がウリの老舗旅館で
そんな事を暴露してもいいのか…。
変わった女だ。でも……
「ホラ見ろ。俺の言った通りじゃねぇか」
悪い事はしていない。
後ろめたい事もない。
朝食を並べ終えた仲居は
「お待たせ致しました。
……可愛らしいお嫁さんで、
旦那さんもなかなか離せませんね」
くすりと笑い、
ハッとして片手で口元を押さえると
「申し訳ございません。とんだ失言だわ…」
わざとらしく言った。
「美男美女で羨ましいわ」
更に余計な一言を残し、部屋を後にした。
…何だか憎めない女だ。
とんだ確信犯だ。
静けさの戻った空間。
くるりと振り向くと、
大きなテーブルは部屋の端へと追いやられ
膳が2つ並べられていた。
白飯、味噌汁、焼き魚。
典型的なアサゴハンだ。
「…睦、食うか」
俺の呼びかけに、
俯いていた睦も振り返る。
途端に目を輝かせ、
「食べる!」
いつもの元気を取り戻すのだった。
布団を上げてもらい、膳は下げてもらい、
着替えも済ませた頃、
少し淋しそうに部屋を見回す睦を
何となく眺めていた。
何の気なしに、ぼーっと見ていたら
その視線に気づいた睦と目が合った。
「?」
と小首ををかしげる睦の目が、
間違いなく淋しいと言っている。
そう。
その事を考えていた。
「あの、…この後、どうするの?」
そこなんだよ睦。
俺は目を閉じ、うーんと考える。
「どうすっかなぁ…
ちっと足伸ばして飛騨、とか…」
いやでも睦…疲れちまうかなぁ…
「…ひだ?」
「あぁ、有名な温泉地。それか
俺しか知らねぇ秘湯」
どこへ行くかを考えてる俺と違って、
「何処か連れてってくれるの?」
帰る帰らないを考えていた睦。