第49章 .☆.。.:..期待:*・°☆.
明るいうちに音柱邸を出て、
鬼が出没するという場所に辿り着いたのは
ちょうど日の入りの頃だった。
西の空は燃え尽き、
勝色の天鵞絨を広げたような天が
私の上に広がっていた。
沈んだ日と対面するように
人を狂わせてしまいそうな
大きく真っ赤な月が
天鵞絨に縫い付けたみたいに浮かんでいる。
まぁるい月を見ると、
あの日を思い出す。
両親を失ったあの日。
月夜は好きだけど
こびりついた記憶は流せない。
あの時、私の帰りが遅くなっていなかったら
私も…今ここには居なかったのだろうか。
…
薄闇の中、街灯に火が入り
辺りをぼんやりと照らし始めた。
繁華街から少し離れたこの場所は
昼間ならばきっと人通りもあるのだろう。
道路脇には花も植えてあるし
休憩するためのベンチも設置されている。
買い物を終えたたくさんの人たちが
ここを通って帰路につく様が
容易に想像できた。
ここにいても、
運良く鬼が現れるとは限らない。
出くわせば仕留める自信はあった。
でも、しばらく待っても
鬼の気配はしなくて…
もしかしたら何も起きないかもしれないな。
私は思い出してしまった過去を払拭すべく、
街灯の下で自分の姿を見下ろした。
背を反らして首だけ振り返り
綺麗に膨らんだ帯を見ては喜ぶ。
まるで小さな子どものようだ。
さっき、音柱サマに着せてもらって…
お化粧と…髪も結ってもらって
この完成した姿を
姿見でずっと眺めていた。
立ち上がって、くるくると回り
あらゆる方向から眺めてしまった私を見て
『乙女か』と吹き出した音柱サマの優しい顔が
忘れられなかった…
だって嬉しいんだもん。
結局乙女ですよ。
自分とお別れしたくて
男の子のフリをしていたというのに、
こんな格好をさせてもらったら
嬉しいのを止められない。
私の覚悟なんて脆いものだ。
でも、今だけ。
今だけだから…
だってほら、誰も見ていないしね…?
私は自分に言い訳をしながら
ひとり街灯の下で
久しぶりの着物姿を堪能するのだった。