第44章 .☆.。.:.夏色.。.:*・°☆.
結局、買ったのはキャンバスと、筆だけ。
違う。
厳密には、買ってもらった、だ。
「ねぇお金返すから…」
手に持った千円札を、彼へと差し出す。
だけど彼がそれを受け取る事はなかった。
「いらねぇって。
人の好意は素直に受け取るモンだぞー?」
「好意って…何で急に…」
「んー…俺がその気にさせたから
責任とってやろうかな的な…?」
…ヘンな人。
それとも、何か別の事を揶揄してるのかな。
だけどまだ、そんなに話した事もないし
私に気づかせたいことなんてあるだろうか…
「責任てなに。余計な事しないでよ」
「いーだろ、気分がいいんだ。
好きにさせろ」
「私も好きにさせて。はい、これお金!」
向こうだけ好きにするなんておかしすぎる。
不公平だ。
「いらねぇってのに…」
通りを歩きながら、
彼は呆れたように呟いた。
「あ!じゃあ櫻井も、
その金で俺の好きなモン買ってくれよ」
「えぇ…?いい、けど…何が好きなの?」
「櫻井が決めて」
「えぇッ、何で私が!
ていうか知らないよ、何が好きかなんて」
「俺にこんなのがいいんじゃねぇかなって…
櫻井が思ったものでいいから
それを買ってくれたら嬉しいな」
ニッと口角を上げ
いたずらっ子みたいな笑顔を咲かせる。
「なにそれ…」
めんどくさ……
とは、言えなかった…。
「全然好きじゃないものだったらどうする?」
「どうもしねぇ。
ただ俺にとっては大切なモンになるけどな」
「そうかな…嫌いなものだったら?」
「好きになりそう」
「はぁ?」
何言ってんのと思った時、
「あ!信号変わる!走れ」
彼は自分が言った事を誤魔化すかのように
急に走り出した。
見れば、青信号が点滅を始めている。
「もう次待とうよ、暑いし…」
言ってるうちに
ぐんっと手を引かれて
そのまま走り出した。
待とうって言ってるのに‼︎
みんなが渡り終えた横断歩道。
ものすごい速さで駆け抜けた。
走りたくもないのに走らされて
頭に来た私は
右手に抱えたキャンバスで
彼の腕をただ殴りつける。
「いって!いてぇな!」