第44章 .☆.。.:.夏色.。.:*・°☆.
「…ほんとに教えてくれるの?」
差し出されたキャンバスを胸に抱え
私は恐る恐る彼を見上げた。
するときょとんとしてこちらを見下ろし
「……あれ?もしかして冗談だったか?
俺、冗談に本気になっちまった?」
私の本音を探るように覗き込む。
「ちがう!だって…私描いた事もないんだよ?
1から…っていうかゼロからだよ、
そんなのさ、めんどくさくない?」
「わかってねぇなぁ。
めんどくせぇのも楽しむのが俺なんだよ。
俺の絵見て、描きたいって思ったんだろ?
それは俺にとっては悪い事じゃねぇ」
「…なんで?」
「だってあの絵に、
お前は心を動かされたって事だろ?
自分が作り出した物に、
誰かが反応してくれんのは純粋に嬉しいよ」
彼はまっすぐに私の目を見て言った。
なんだかとっても晴れやかで
私は目を細める。
すごく眩しく見えた。
あの、入学式の時と、おんなじだ、
「…心、なんか無いの、」
「ん?」
聞こえなかった、というよりは
意味がわからなかった、というような訊き返し。
「私に心なんかあっちゃダメなんだった。
また失敗しちゃった…」
「なんだそれ、どういう意味だ…?」
「大丈夫!それと、あとは何がいる?」
また失敗して、心のままに動いてしまったけれど
絵を描きたいという欲は抑えられなかった。
「…話せるようになったら、俺に話すか?」
てっきり、
私の話題変換についてくるとばかり思っていた。
それなのに食い下がった彼。
しかも無理やり聞き出すのではなく、
私のタイミングを見計らってくれるという。
自分の思い通りにしたい、
ちょっと自分勝手な人だと思っていたのに…
私の読みは違っていたらしい。
接してみないと、わからないものだな。
誤解していたことを、こっそり胸の中で謝りつつ
「話せる時が来たらね…」
絶対に訪れる事のない約束をした。
話せる時なんて、やって来はしない。
それをわかっていて、
私は心無い約束を交わす。
…私なんか、これでいいんだ。
自分にそう言い聞かせながら、
彼の背中について、
筆を陳列してある棚へと向かうのだった。