第1章 嚆矢濫觴
宇髄サンは、もう開店しているというのに、
店内にお客さんがいないのをいい事に
店の扉を閉めてしまう。
「ちょっと、何してるんですか」
お客さん、入れなくなっちゃうじゃない。
私が扉を開けようとすると、
スッと肩を抱き寄せられ、
顎を掬われ、上向かされる。
「俺はお前に惚れてんだけど」
と、目を見て言われた。
「え?や、やだな。何言うんですか」
私はその手から逃れた。
しかし、ぐいと引き戻され
「本気だぞ」
真面目な顔で言われる。
怖いくらいに真剣で、
どうしていいかわからなくなる。
男の人に、そんな事を言われた事がない。
自分も、誰かを想った事がない。
「き、急にそんな事言われても…」
だって、つい今しがたまで、
この人は蜜璃ちゃんの事を好きだと思っていたのに。
「昨日、甘味を奢ったの、誰だと思ってやがる。
甘露寺に頼み込んで、
せっかく同席を許してもらったのに」
「え…?何でわざわざそんな事…」
「お前は俺の事知らねぇだろ。
いきなり2人きりなんて拒否される可能性が高い」
「…」
確かに、この人と2人きりでなんて
どこにも行かなかったと思う。
「じゃああの時、蜜璃ちゃんを追いかけたのは
その話しをする為…?」
「あ…?…あぁ、そうだ」
「あなたは…何で、私を?」
知り合いじゃ、ないはずだ。
「まぁ、それはおいおい」
「……」
納得出来ない。そんなの…。
私は自分でもわかる程、狼狽えていた。
とりあえず離れてもらおうとするが、
それより早く、腕に力を込めて抱きしめられてしまった。
すると、昨夜の、
恐怖をやわらげてくれたあの感覚がよみがえって、
不覚にも安心してしまう。
私の体から、ふっと力が抜けたのを感じたのか、
宇髄サンは少し力を弱めた。
「…あの、」
「ん?」
「…ちょっと、困ります」
「…」
お店の中でこんな事されても、
どうしていいかわからないし。
生まれて初めての経験に、緊張はするがドキドキはしない。
「仕事中ですので…」
素直に現実を告げると、深いため息をつき、
「はいはい」
と、私を離して、
店の扉も開けてくれる。
…ムードのない女だと思っているに違いない。
でもそれが私なのだから仕方ない。