第39章 輪廻〜if
こんなに情けない姿を前にしても
先生は叱責するでも揶揄うでもなく、
泣き止まない私のそばに
ただ黙って居てくれて
それがこんなに幸せに思えるのを
少し不思議に感じていた。
「…つかれた」
「そうだろうな」
淡々とした様子で答えた宇髄先生は、
冷凍庫から取り出した
小さめの保冷剤をガーゼで包み、
私の目元に押し当てた。
「もう1時間経つからな。
泣くのも結構体力使う」
普段と変わらぬ態度に救われる。
先生は呆れたように言うけれど、
何年分ものひどい仕打ちを
この1時間に収められた事は
なかなかのファインプレーだったんじゃないかと
こっそり自負していたんだけどな。
「冷めたな。あっため直すか…」
先生は独り言のように呟き、
「ほら、自分で持ってろ」
保冷剤を指1本で支えて
私に持っているように促した。
泣き腫らした目を冷やす目的で
頼みもしないのに先生はこんな物を持ってきた。
気遣い満点。
こんなふうにする事、
私は自分でも思い浮かばない。
目の前で誰かに泣かれて、
例えばその子の目が腫れ上がったとしても
冷やす、なんて事は思いつかないと思うんだ。
…
「先生、どんだけ女泣かせたの?」
「なん、だっ、てぇ?」
ほっぺたを引き攣らせて
くるぅりと振り返った先生の額には
漫画であればきっと
怒りのマークがくっついていたと思う。
「だって、手慣れてる…?」
「腫れてたら冷やすの常識じゃねぇかなぁ⁉︎」
「そうなんだ…」
…腫れたら冷やすんだ。
「じゃあ…このほっぺたも…
すぐに冷やしたらよかったの?」
「……」
バカな事を言ったと、すぐに後悔した。
何も考えずに発言してしまった。
黙り込んだ先生の目が
どう応えたものかと悩んでる。
そんな顔をさせたかったんじゃなくて…。
「…っ先生!それあっためなくていい!
お腹空きすぎて、もう待てないから…」
我ながら、へったくそな誤魔化し方だ。
それでも
「あそ。じゃ、」
先生は乗っかってくれる。
既に手にしていたプレートをテーブルの上に戻し
自分はもとの椅子に腰を落ち着けた。