第8章 続
「睦様、
須磨の一言でご気分を害してしまわれたのなら
謝ります。申し訳ございません。でも
『嫁』と言う言葉から連想されるものは
私たちの間にはないのです。ですからどうか…」
「ごめんなさい」
雛鶴さんの言葉尻を奪う。
「もう、大丈夫です」
もう一度、同じ台詞を繰り返した。
雛鶴さんは、まだ何か言いたそうにしていたが、
私の顔を見ると、諦めたように頭を下げた。
須磨さんを離し、同じように頭を下げさせる。
「お元気になられて何よりです。
勝手を致しまして申し訳ございませんでした。
失礼、致します」
そう言い残し、音もなく2人は消えた。
静かになった部屋で、私は何も考えられず、
ぼーっとしていた。
時々吹き込む風に、
秋を喜ぶ余裕なんて、なくなっていた。
どれだけそうしていただろう。
日は傾き、庭は紅く染まっていた。
3日も寝ていたそうで、頭だけはスッキリしていた。
ただ、心はモヤモヤだ。
あの2人に非はないのに、
責めるような言い方をしてしまった事を
少し後悔していた。
意識のない私の身の回りの世話を、
してくれていただろうに、
恩を仇でかえしてしまったのではないだろうか。
あの時に戻って謝りたいくらいだ。
でも私、ひどく動揺していたので…
みっともないくらい、取り乱していたので…。
早く1人になりたくて、邪険に扱ってしまった。
あぁ…自己嫌悪…。
——でも。何だって?嫁?
…嫁って、…嫁の事?…どういう事だ。
何か、あるんだろう、きっと。
わかってはいるけれど、…すごく嫌だ。
だってそんな話し、聞いた事ない。
私は、その存在を知らなかった。
今までずっと知らずにいた。
知らされずに、でも存在していたという事だ。
何を考えていたのだあの人は。
…どうしよう、許せそうもない。
すごく、会いたくない。
この怒りが…
やり場のない怒りが、私の中を渦巻いている。
私はゆっくりと立ち上がり、雨戸を閉めた。
そして、着替えを済ませて、家を出た。