第37章 初恋
小さな手がかりを与えてやると
睦はハッと目を見張り
「川がいい…!」
空いた手で俺の腕をぎゅっと掴んで
ぴっかぴかの笑顔を見せた。
「川…?」
『川』のイメージが湧かず
不思議に思って訊き返すと、
何かに気がついたように
笑顔を引っ込めて
「…ごめんなさい。なんでもありません」
何故か俯いてしまった。
これもアレか…?
昔の…。
「睦、こっち向け」
出来るだけ優しく言ってみる。
それにうまくつられた睦は
こちらに目を向けた。
「なぁに…?」
「俺相手に、
何でもないなんて淋しいこと言うなよ。
睦の願いならなんでも叶えたい。
俺に出来ることなら、何でもしてやるから」
言ってごらんと頬を撫でる。
「……」
照れて、その頬を染め、
そのあと嬉しそうに笑った睦。
…例外なく、可愛い。
「川に、ね…」
迷ったような物言い。
上気した頬が、興奮した心を映しているようだ。
そうやって、
俺にだけは何でも話せるようになるといい。
やってみたい事、して欲しい事、
行きたい場所、見てみたい物…
何でも。全部だ。
「んー?川に?」
「小さい時に、
お父さんに連れて行ってもらったんです」
「ヘェ…」
「山の中で、…でもそんなに
流れも速くなくて穏やかな所で…」
その時を思い出しながら
情景を説明してくれるが…
「それは…まったく同じ場所ってのは
難しそうだなぁ…?
違う場所でも良きゃ、
似たようなとこ連れてってやれるぞ」
木々に覆われた、
割と穏やかな流れの川には覚えがある。
睦の足でも何とか行ける。
万が一ムリなら、俺が担げばいいだけだ。
「…連れてってくれるんですか?」
パァッと、花が咲いたかのような笑顔。
それを見られただけでも、
そう提案した甲斐があった。
「行こう。じゃあ、甘味は土産にして、
そこで一緒に食うか」
「うん!」
強く握られた手。
そこから伝わる、睦の喜び。
さっきまでが別人のように
うっきうきになったこいつは
……ちゃんと素直にできている。