第37章 初恋
「その髪型、可愛いな。よく似合ってる」
差し当たり、
さっきからずっと思っていた事を告げてみる。
いつもは高い位置でひとつにして
結い上げている長い髪が
今日は右肩に集めて緩く編まれていた。
たったそれだけで
落ち着いた大人の女になったみたいだ。
「…ありがとございます」
…そしてほんとに大人しい。
「照れてやんの」
ほんの揶揄いのつもりで言ったのに
「照れもしますよ…
どうしたらいいやら…」
今の睦にはまったく通用しなかった。
俺の言葉を真に受けて
動揺しか見て取れない。
手持ち無沙汰にしていた手が
しきりに髪を撫で付け始め
睦の胸がざわついたのがわかった。
間違いなく、俺のせい。
忙しなく動くその細い指が
急に愛しく感じて、
何も考えずにぎゅっと握ってしまった。
「え……」
あ…やべ。
「あー…俺いま手ぇ繋ぎ、たい、かな…なんて」
自分でも予想外すぎて
カタコトになった。
みっともねぇの…
それを隠すように
強く握り直しグッと引き寄せる。
随分、街の外れまで来た。
普段人目を気にする睦でも
人通りの少ないここなら
まぁ許すだろう…
チラリと様子を窺うと
繋いだ手にジッと見入り、
そこから目を離さない…
隠すこともしないその目が、
嬉しそうに煌めいていて
吹き出しそうになった。
だってすげぇ喜んでる。
俺の思い込み?
いや、だけど
そうにしか見えなくて…
笑いそうになるのを何とか堪え
「他に、行きたいとこは?」
何とか言葉を繋ぐ。
「他に…?」
手から目を離して
ふわりと天に視線を巡らせる。
「どこも…ありません」
言うと思った。
何ておもしろみのない…
まぁ、お楽しみはこれからか。
少しずつ、育てて行こう。
「そうか?店じゃなくても、
どっか行ってみたいとこはねぇの?」
「んー…」
「普段行けねぇようなとこも、
俺なら連れてってやれるぞ?」
悩み込んだ睦は
きゅっと小首を傾げた。
「行けないところ…?」
目があちこちを向いて
思考を巡らせている事がわかる。
「そう、山でも海でも
もっと遠くでも…」