第37章 初恋
だがそれらよりも俺の気を惹いたのは
こちらを見つめたまま動かない睦だ。
何を考え込んでいるのか、
俺を見ていながらも見ていない、
ような感じ…。
目を合わせているつもりだが、
どうにも見えていないようだし、
絶対に何か考えてるな。
それでもいいけど。
こんなふうに見つめていられんのなら。
こいつ、チビの時と何も変わってねぇなぁ。
いや…、
でも綺麗になった。
いい女になった。
…それは、誰のせいだ…?
なぁ、あん時、
赤い番傘さしてた野郎とはどうなった?
まだ続いてるのか…
別れててくれねぇかな、なんて、
…自分のこと棚に上げて何を言ってんだか。
「なぁ」
声をかけてみても、
睦はぼーっとしたままだ。
…没頭するタイプか?
俺の顔を眺めながら、
一体何を考えてんのかねぇ…?
そんな可愛い目で見つめられたら
こっちとしてはたまらねぇんだけど。
「おい睦…!おい!」
勢いで名前を呼んじまった俺には気づかず
睦はボーッとしっ放しだ。
客にソレはまずいんじゃねぇの?
「おい!」
「はいっ‼︎」
やっと気がついた睦は
「すみません!何でしょう?」
慌てた様子で俺の元までやって来た。
近い…!
また、睦のそばに立てるなんて
まるで夢のようだった。
ニヤけてしまうのを何とか隠す為に
「……ちっせぇな」
そんな悪口とも取れるような事を
口にしてしまった。
言い方を間違えたんだよ。
小さくて、可愛かった。
だって何年越しの会話だと思う?
こいつには関われねぇと思って
必死で距離を取っていたというのに、
まさかまた、
こんなふうに話が出来る日が来るなんて。
俺だって…緊張くらいする。
明らかにこいつをムッとさせたさっきのひと言。
最初のひと言としては最悪だ。
もっと優しい言葉をかけるべきだったのに。
でも俺は、
成功していたんだと思う。
だってその後も、
睦は普通に話をしてくれた。
あの時甘露寺が現れたのは計算外だったが、
いい仕事してくれたし、
おかげで今は、この世で1番幸せだ。