第37章 初恋
「絶対言わない」
ボソリと放ったひと言が切実で
私は口を割らない覚悟を決めた。
娘が初恋をした、なんて
ひどく喜ばしいお話を共有できないなんて
私としてはとても悲しい…
でもあの人の、弥生への溺愛っぷりは
本人無自覚にして最高で
…まぁ私がやきもちやくほどですから
年頃の娘が敬遠したがるのも頷けるわけです。
…色恋ごととなれば余計だろうな。
ちぇ。
「お母さん、行ってくるね!」
懲りずにバタバタと駆けていく弥生を追い
玄関で見送った。
玄関を出る時に
ふと振り向いた弥生の笑顔が
あまりにも眩しくて…。
恋ってすごいなぁと思った。
………
私も、あんなんだったかなぁ…?
私が住んでいた小さな家は、
狭いけれど庭があって、
縁側からは空がよく見えた。
そこに座って見上げる空が大好きだった。
私は夜寝るのがうまくなくて、
よく星空を見上げた。
こっちが見上げているのに、
たくさんに見下ろされているような…
そんな気分になったっけ。
何で夜中に目が覚めてしまうんだろう。
そこそこ疲れてるし、
ごはんもちゃんと食べたのに。
あとはゆっくり休むだけ…。
寝付きはいいけど、…目覚めもいい。
…いや、この場合
目覚めがいいとは言わないのかな。
こうなったら
もう眠れない事がわかっている私は
布団から抜け出して
私が通れる分だけ、雨戸を開けた。
縁側へ出て
脚を投げ出して座る。
今夜も星がきれい。
風もなく、雲もない…
私は黙って、じーっと…
ただ星を見上げていた。
……こうやってここにいると、
いつもならあの人が勝手にやって来て
余計な事をして行くのにな…。
そっと目を閉じると
浮かんで来るのは、彼の記憶。
この手を握る大きな手。
ほっぺたに触れる指先。
優しい目と…
大好きなあの声は
もう忘れてしまいそう。
あの最後の夜に、
もっと強く抱きしめてもらえばよかったな…
もっと好きだよって言ってほしかった。
……なんて。
何を考えているのかと、
私は目を開けて
瞬く星を見上げ直した…。