第37章 初恋
「お母さぁん‼︎」
朝食も終わり、
台所で片付けをしていた私の耳に
ドタドタと相変わらず騒がしい音が届いた。
…もう何度、言ったかな。
廊下は走らないって。
もうムリなのかしら……
「お母さん!」
台所入り口の柱に縋らなければ
行きすぎてしまう程の勢いで
駆けてきた弥生。
「……なんですか」
もう挫けてしまいそうな心を奮い立たせ
「廊下をまだ走るの」
割とイヤミな言い方になったと思うのに
まったく意に介さない弥生は
「あぁごめんごめん。
ねぇ見て!どう?」
テキトーな謝罪と、
本題であろうお洒落の具合を私に見せる。
着物は象牙色、
そこに色とりどりの花が咲いていて
嫌味なく華やか。
鮮やかな紅色の帯はリボンのような結び方で
レースの帯揚げは私があげたもの…
長い髪は、耳を隠した結い方をして
うっすら紅まで引いている。
普段とは違う装いに
弥生も大きくなったなぁと
感心してしまった。
「ねぇどう?おかしくない?」
袖を持ち上げて
くるりと回って見せる弥生…
「可愛い…!」
そのひと言に尽きる。
うちの子、なんて可愛いのかしら。
「よく似合ってるよ。
すごいすごい、お洒落だね!」
「ほんと⁉︎ありがとう。
お母さんに言ってもらうと自信つく!」
にっこりと笑う弥生は…
もう反抗期終わったかなぁ?
なんて、そんなことばっかり考えてしまう。
でも私にとっては
アレは大打撃だったのだ。
必要な事とはいえツラかったから、
終わってくれるなら
それに越した事はない。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
「えぇ?何処に?」
「えっ?ちょっと…友達に会いに…」
俯きがちに言い淀む弥生…
はーぁ……
そっかそっか、
「でぇと?」
そういう事か。
「ちっちっ違うから!
まだそんなんじゃなくて…!」
「…へぇ。まだ、ね」
「‼︎」
私の指摘に、弥生はほっぺたを真っ赤にして
「誰にも言わないでね⁉︎
特にお父さんには言わないでね‼︎」
強く念を押してくる。
…
「なんで、お父さんに言っちゃダメなの?」
是非この喜びを共有したい。
「相手のこと調べ上げそうだから。
あとすっごくうるさく訊いて来そう…」
「あー…」
その姿を容易に想像できてしまう辺り、
…擁護のしようがない。
ほんとにやるもの、あの人なら。