第36章 満つ
「えぇ…⁉︎そんな所にお父さんを投入したの?」
「だってお母さん可哀想じゃない。
せいぜい絞られたらいいのよ、
こんな所で油売って」
…油売ってたわけじゃないのに。
お父さんの方が、可哀想だと思う…。
さっきはあんな言い合いをしていたのに、
急に同情の念が湧いてくる。
「だいたいあんたの死に具合ってなによ。
どういう事?何したの睦月」
「にに、どーん!」
突然口を開いた皐月に、
お姉ちゃんは目尻を下げた。
……この変わりよう…。
「なぁに?兄ちゃん、どーんしたのー?」
しゃがんで目の高さを合わせたお姉ちゃんは
皐月を両腕で囲って
お話しを聞いてあげる体制だ。
「さっちゃんがどーん!」
「……どこから?」
「あっこからー」
皐月が木の上を指さすと、
「あそこー⁉︎木に登ってたのー⁉︎」
お姉ちゃんはその指の先を見て驚いた。
「うん!」
「で、落ちたと」
お姉ちゃんの目が僕に戻ってくる。
「兄ちゃんの上に…?」
じとっと細められたその目に、
…耐えられない…。
「うん!にに、たいたい!」
「痛い思いすればいいのよ。
皐月は悪くないもん、大丈夫よ?」
お姉ちゃんは言った後に、
皐月の耳を両手で塞ぎ、
「睦月が止めてればこんな事には
ならなかったじゃない!
今回は受け止められたかもしれないけど、
損ねてたら皐月が大怪我してたんだよ⁉︎
ちゃんと止めなさいよ木偶の坊‼︎」
早口で言い切った。
ん——…む、か——っ‼︎
何にも知らないくせにそんな事を言われ
めちゃくちゃ言い返してやろうとしたのに、
その前に、
皐月の耳を塞いでいた両手を
パッと離してしまう。
皐月が聞いていたら
僕が何も言い返せないとわかっているのだ。
にやっと笑ったお姉ちゃんが
恐ろしく見えた。
…お母さんの顔なのに。
「皐月ー、今度はお姉ちゃんと遊ぼうか?」
「やっちゃとあそぶー!」
皐月の変わり身の速さに
愕然とする…。
そうか…。
でも、皐月の意向だ。
甘んじて…受け入れようではないか。
身体が痛まないよう、
かくりと項垂れた僕。