第36章 満つ
あー…そっか。
皐月の説明不足で、
僕が木から落ちた事になっているのだ。
今の会話で全てを察してくれて
「睦月、よくやったなぁ。
皐月を受け止めたのな」
大きな手が僕の額をぽんぽんと撫でる。
…ちょっとくすぐったいな。
くすぐったくて、嬉しい。
「皐月、いいか?鳥さんはなぁ
すっげぇ怖がりなんだ。
だから、いくら赤ちゃんが可愛くても
見に行っちゃだめなんだぞ」
「だめー?」
「そう、だめ。
それから、ちゃんと兄ちゃんの話を聞け。
木登りなんか危ないからやめようね、
みたいなこと言われなかったか?」
お父さんは僕の口調を真似て言う。
…さすがだ。
全く同じ事を言った。
「言ったー」
少し神妙な表情。
自分が悪かった事を自覚しているらしい。
「それでも皐月は木登りしたんだよな?
それで、どうなった?」
「おちたー…」
「そうだな、落ちたよな。
で、見ろ。兄ちゃんはこうなっただろ」
「……」
ぱっと振り向いた皐月と目があった。
今まで見た中で1番悲しそうに見えた…
「皐月がケガしたら嫌だから、
兄ちゃんはお前を守ったな。でも、
そうすると今度は兄ちゃんがケガするんだ。
皐月は、兄ちゃんがケガしたら嬉しいか?」
「やーだー」
体を揺すって言う皐月は、
もう泣いてしまいそうだ。
「だよな。もしこれが、兄ちゃんじゃなくて
皐月がケガしたんだとしても、
兄ちゃんや母さんは悲しむと思うぞ?」
「ないちゃう?」
「そりゃ泣いちゃうね。俺もな」
「やだやだーっ」
「皐月がイヤでも泣いちゃうんだよ。
だってみんな、皐月の事が大切なんだからな」
「うぅ…やぁだ、」
お父さんの着物の袖をつかみ
ぶんぶん振り回す。
「そうだな、嫌だよなぁ?
じゃあ、皐月はどうしなきゃいけねぇんだ?」
「ににの」
「そだな。兄ちゃんの言ったこと守れ」
「ん!」
大きく頷いた皐月の目から、
今にも涙が溢れそうだ。
それを見たお父さんはふわりと笑い、
「皐月、どのあたりまで登った?」
皐月を木の方に向けて
その後ろから2人で気を見上げる。
皐月は迷いながらも指をさした。
「あそこー」