第36章 満つ
僕はたった1人残った庭で
空を見上げていた。
憎らしいくらいの、晴れだ。
雲すらない。
あー…痛い。
あちこち。
その痛みに、視界を遮断する。
大声で泣いていた皐月は
どこに行ったのかな。
あれだけ泣けるという事は、
「ににーっ!」
皐月にケガはないということで…
なら僕はそれでいい。
ほら、あんなに声を張り上げて…。
「おい睦月!」
あれ、…
「お父さん…?」
「何してんだ、大丈夫か?」
目を閉じていた僕の耳に
呆れたような、気遣うような…
そんな声が
割と近い所から降ってくる。
「んー…あちこち痛いかな…」
「そうかよ。…動けねぇのか?」
「にに!いきてる!」
僕はどれだけ生かしてもらえないの…?
こんな事で死ねないってば…。
話の途中で割り込んできた皐月に
「こら皐月。ちょっと待ってろ。
兄ちゃんが無事か見てんだから」
お父さんが声をかけ、
僕の上から、その小さな身体をどかしてくれる。
実は、つらかったんだ。
しゃがんだお父さんの脚の間に立ち、
心配そうに僕を見下ろした皐月を
どうにか安心させたくて
僕はにっこり笑って見せた。
ただ申し訳ないことに
大丈夫だよ、とは言えなかった。
「この木から落ちたのか?
だいたい何で木登りなんか…」
お父さんが見上げた木は
名前は知らないけれど大きくて、
空に向かって
たくさんの腕を伸ばしているみたいな
立派な木だ。
「枝に、鳥の巣があって…」
「鳥の巣…?」
お父さんはもう一度僕を見下ろすと
眉間にシワをよせ
ぽかんと口を開ける。
「鳥の赤ちゃんを、見たいって…」
「…何言ってんだ睦月。大丈夫かよ?」
………勘違いされてる、気がする。
「皐月がだよ!
僕が鳥のヒナを見に
木登りなんかするワケない!」
「あーだよなー。びっくりした」
心底安心したようにお父さんは
胸を撫で下ろした。
それから、ん?と
ある事に思い当たったようで…
「こら皐月。お前が木登りしたのか。
てことは、落ちたのはお前なんだな?」
「さっちゃんおちたー。どーん」
「どーんじゃねぇよ。
皐月が睦月を潰したんだろうが、まったく…」