第36章 満つ
自嘲するような物言い。
笑いながらも
物悲しさが滲み出ている。
「こないだねー?睦月に言われちゃったんだ」
…すっげぇ聞きたくねぇなぁ。
睦の口から、
睦月の何かしらを聞くのは
意図的に避けたい衝動に駆られる。
それというのも、
俺が勝手に、睦月を恋敵と思っているからだ。
…どうしようもねぇアホだ俺は。
「お母さんごめんね、って」
「ごめん?」
「…僕、お母さんよりも
可愛い子見つけちゃったって、謝るの。
お母さんを超える人なんか
見つからないって思ってたのにって言うんだよ?
私、なんだかフラれたみたいな気になって…」
「お前なぁ……」
なんだそれ。
俺を差し置いて両思いかって。
「可愛い事を言ってくれるなぁって…。
可愛いなぁってずっと思ってたのに、
結構真に受けてたっていうか…
謝られちゃうとかなり打ちのめされてる自分がいて
余計に……」
なんだか無性に腹が立つ。
そんな話を聞かされて
俺にどうしろって?
話の途中だ。
だがそんな事は関係ない。
睦の首に手をあてて
親指と人差し指で顎の付け根を捕まえた。
咄嗟に俺の手首を掴む睦の顎を持ち上げ
話の続きを奪うために口唇を塞ぐ。
それは、俺に聞かせるべき話だったのか?
あぁ、俺に妬かせようって魂胆か。
そうだとしたら大成功だ。
俺とした事が、一枚取られたかな。
そんな事より、
「睦月の野郎…俺の女弄びやがって。許さねぇ…」
口づけの続きも忘れ
怒りのあまり
つい思ったままを口走ってしまった。
それに飛び上がって驚いたのは睦だ。
「ちが…何言ってるの!睦月じゃなくて私が…」
「今その名前を口にすんな…!」
「え…っ!」
背中から抱き込んだ身体。
頭のてっぺんを自分の胸元に押し付けたまま
顎を固定した。
そこへ覆い被さり再び唇を重ねる。
おかしい。
俺も睦も。
子どものほんの戯言だ。
真に受ける俺もこいつもどうかしてる。
ただ睦は、軽いたわ言程度なのだろう。
…俺とは違って。
睦はどうやって俺を押しのけようかと
左手を彷徨わせていた。