第36章 満つ
そう言ってやると、
まるで弾けるように顔を上向かせ、
むーっと眉を寄せた。
うわー、さっきの皐月のカオそっくり…
「もー!何でそんな昔の話を持ち出すの!」
真上を向く睦と、
真下を見下ろす俺。
左手を伸ばして
俺の頬をぎゅうっとつまみ、
恥ずかしそうにする。
弥生が勝手に居なくなった時、
こいつはひどく取り乱して泣いた。
今考えると、
あの時の睦と
今日の睦月はそっくりだ。
どっちも可愛いこと。
「照れることねぇだろ。
別に揶揄ってるワケじゃねぇんだ」
頬にある睦の手を
やんわりと握って離させる。
「照れるとかじゃなくて…」
「いい思い出だろ?」
「……うん…」
無理やり納得させられた感満載だが、
睦は頷いて
また灰汁取りを始めた。
「…睦月はさ、」
「んー?」
睦の頭に口づけをして
また顎を乗せる。
「皐月と一緒にいると天元みたいに見えるよ」
「んあぁ?俺みたいか?」
「うん。なんていうか…
皐月に対する甘やかし方が。おんなじ」
「……おんなじ、」
おんなじ?
何と?
「俺と?」
「そう」
睦は極普通に頷くが、
……
「俺が、誰を甘やかすのと同じなんだよ」
「…私」
ちょっと言いにくそうにしているのは
照れているからであって…
「それはやべぇんじゃねぇの…?」
俺の思惑とは違うものだ。
「えぇ…?どうして?」
「俺とお前は恋人だろ。
あいつらは兄弟だぞ。
同じはどうかと思うねぇ…」
「………」
何か言いたげに、
こちらを見上げる…
…わかってる。
何が言いたいのかなんて。
「いいだろうが。気分は恋人なんだよ」
もう夫婦だって言うんだろ。
「…別に…」
鍋がくつくつと音を立てる度、
俺の腹をくすぐる香りが鼻をつく。
皐月の好物。
すき焼きもどきだ。
…いや何も、皐月だけの好物ではねぇけどな。
「仲良しなんだからいいんじゃない?」
「仲良過ぎで心配じゃねぇ?」
「全然」
「そうかよ…」
ならいいか。
「あの睦月がね、遠くに行っちゃったみたい」