第36章 満つ
「ににがいーい!」
「そうだよなー。
皐月は兄ちゃん1番だもんな」
僕に抱きついていた皐月の頭を
ぽんぽんと撫でながら
僕の目を見てニヤリと笑った。
……ヤな感じ。
さっき僕がやきもちに似た感情を持った事に
お父さんは気がついているんだ。
だからわざと、
そんな事を皐月に言わせたに違いない。
なんでも知ってますみたいな顔しちゃってさ。
ちっとも敵わなくて、
すっごく腹立たしい。
でも皐月は、
お父さんよりも僕の方を選んだもんね!
久しぶりにちっこいのと遊んで、
はっきり言って疲れた。
皐月は睦月にべったりだから
俺と遊びたがる事はほぼない。
だが今日に限っては、仕方のない事だった。
事故みたいなモノだから。
それにしても皐月は元気。
疲れ知らずは弥生そのまんまだ。
元気いっぱい皐月ちゃんを
やきもち兄ちゃんに預け、
縁側から屋敷の中に入った。
振り返るとすでに復活した皐月溺愛兄ちゃんが
皐月の事を追いかけ回して遊んでいた。
その微笑ましい光景を
しばらく眺めた後、
肩をほぐしながら台所を覗くと
いそいそと晩メシの支度をする睦の背中。
顔は見えないが、
ひどく楽しそうなのがひと目でわかる。
子どもを楽しませるのが大好きな睦。
お楽しみを邪魔するのも忍びないが、
一連の報告をしてしまいたい。
「睦ー」
呼びかけると
楽しそうな雰囲気そのままに振り返り
「ありがと!皐月、もういいの?」
にこっとご機嫌な笑顔。
「あぁ、睦月が来たからな」
「あー…睦月大丈夫だった?」
再び鍋に目をやり、
灰汁取りをしている睦の背中に
張り付いた。
「大丈夫?…大丈夫だろ、多分。
…つぅか、何が大丈夫?」
腹に腕を回して
頭に顎を乗せ、
うまそうな匂いのする鍋を覗き込む。
「さっき珍しく錯乱してたから…
もう涙までながしちゃって」
「睦月が…?」
「睦月がよ?びっくりしちゃった。
皐月が出て行っちゃってたらどうしようって」
「ヘェ……睦とそっくりだな」