第36章 満つ
そんなマメなオカアサン、
朝のうちに今夜の食事の
買い物に行ってくると言っていたのを、
家事に追われていた睦に代わって
俺が行く事にした。
何ひとつ買い忘れる事なく
無事帰ったというのに、
睦の方が
『うどんが無い!』
なんて言い出した。
皐月の好物だ。
なかったら始まらねぇヤツ。
…俺が忘れたワケじゃない。
睦が俺に伝え忘れたのだ。
俺のせいじゃないのに、
文句も言わずに再び街へ出る優しい俺…
この俺様が、うどん買いに…。
地味だねぇ…
というわけで、
俺から睦へのみやげとして
あいつの好みそうな甘いものを
たくさん買った。
えぇ?そんなのよかったのに…
困ったような笑顔が頭に浮かぶ。
まぁまぁたまにはいいんじゃねぇの?
毎日がんばってくれてるしなぁ…
そんな事ないよ、
天元だっていっぱいがんばってくれてるのに…
睦ありきだからなぁ。
最近特に張り切ってたし
ゆっくり甘いものでも食え。
ありがとう!
じゃあ天元も一緒に食べよ?
……なんつって。
あーダメかも。
完全にやべぇヤツだ。
最近睦が足りてねぇ。
頭おかしくなりかけてる…
今夜あたり、誘ったら乗ってくれるかなぁ…
俺の1番の栄養源は睦なんだろうな。
なんて浮ついた事を考えながら
屋敷への道を曲がった所で、
ちょうど走って来た何かが
俺の膝あたりにドシンとぶつかった。
その勢いで多少吹っ飛んだソレは…
「…おい、……皐月⁉︎」
うちの大切な、小さいオヒメサマだった。
「…ぅああぁあん…‼︎」
蹴っ飛ばしたワケじゃなかったが、
小さい皐月はそれなりに衝撃を受けたはず。
尻もちをついた皐月が、
大きな声で泣き叫んだ。
「おぅ悪かったな。痛ぇ痛ぇ」
すかさず抱き上げて、
緩く縦に揺すってやると
「おとうー…!」
泣きながら俺を呼ぶ。
あれ?
「何だお前、ひとりなのか?」
辺りを見渡しても誰もいねぇ…。
「なにしてんだ、家抜け出てきたのか?」
んー?
何か同じような事があったぞ。
…弥生だ。
「1人で屋敷出るなって、
おかぁに言われてたろ!」