第36章 満つ
「えぇ?」
皐月が掴んだ僕の指。
昨日お母さんの手伝いをしていて
包丁で切ってしまった。
血も止まったので
そのままにしてあったから
傷が丸見えになっていた。
「あぁ、もう痛くないよ。ありがとう」
「ちゃう!たいたい」
小さな手がぺしぺしと
僕の傷を……
撫でているつもりなんだろうけど、
ちょっと痛いな。
皐月の言う『たいたい』は
痛いねー、と
慰めているように見えて
もしかして痛めているのかも…?
痛がっている僕を慰めたくて…。
それなら、
「うん、痛かったんだ。
皐月のおかげで痛くなくなるかなぁ?」
「うん!なるよー!」
嬉しそうに笑って
今度は本当に優しく撫でてくれた。
「よしよし」
「ほんとだ!
痛くなくなったよ、ありがとう皐月。
にに、もう眠たいから、
ねんねしようかなぁ?
皐月も一緒に寝てくれる?」
「ねてくれるー」
僕の手を、傷に触れないように握り直し
座布団にぽすっと頭を預ける。
僕の痛みを慰めて
満足できたようだ。
可愛いなぁ。
その笑顔に、僕の方こそ満足だ。
ぱっちりと開いたままの目。
……寝るってわかってるのかな。
お手本のように目を閉じて、
薄目でおチビさんの様子を窺った。
とろんとした目が、
閉じたり、開いたりしている。
早く寝ちゃえばいいのにな……
睦が、
久しぶりに張り切っていた。
それというのも、
皐月の生まれた日だからだ。
睦は
誰かの生まれた日が来ると
ご馳走を用意したり
そいつの為に
何かしら一品、
贈り物を手造りする事に決めているらしい。
睦月には硝子の文鎮、
弥生には貝の髪飾り。
また器用に、
相変わらず美しく作るんだ。
そして皐月には、
弥生とお揃いの髪留めを作っていた。
夜中までかかって、俺をほったらかして。
まだ髪の短い皐月は
括る事は出来ない為に
髪留めなんだそうだ。
でも弥生がそれをもらった時に
皐月が目を輝かせてそれを褒めたので
お揃いにしてやろうと思ったらしい。
まぁ日々忙しい中、
よくそんな事を考えるモンだと
感心するばかりだ。