第36章 満つ
「ににー…」
昼過ぎ、目をこすり
大きめのタオルを引きずった皐月が
僕の部屋にやってきた。
ちなみに『にに』は僕のこと。
でもお姉ちゃんのことは『やっちゃ』と呼ぶ。
可愛い限りだ。
なぜ僕が『むっちゃ』じゃないかと言うと
周りがみんな、僕をお兄ちゃん、と呼ぶからだ。
事あるごとに『お兄ちゃんのとこに行っておいで』
『お兄ちゃんにしてもらうといいよ』と
言われ続けたために、皐月の中で
僕は『睦月』ではなく『お兄ちゃん』が定着した。
お姉ちゃんは、自分で一生懸命
『弥生だよ。やーよーい、』と
教えていたのを知っている。
…名前を呼ばせたかったようだ。
きっと僕の時にもやってたんだろうな…
でも僕は結局
『お姉ちゃん』と呼ぶようになってしまったから
今回はどうしても
名前で呼んでほしかったんだろう。
…ぞろぞろと足を引きずるようにして
こちらに来る皐月。
眠たそうだ、見るからに。
お昼寝はいつもお母さんの所でしかしない。
僕は普段、この時間は学校でいないから。
「眠たいの?」
「ねむー」
「ねむーか。ににと寝るの?」
「ねるー」
机に向かって本を読んでいた僕の膝に
どすんと座る。
小さいくせに結構な衝撃。
まるまると子どもらしい体型の皐月。
力も強いし気も強い…。
頼むからお母さんに似てくれないかな。
「座ってたら寝にくいよ?
ごろんしよう」
僕は手近な座布団を引き寄せて
ぽんとひと叩き。
ここに寝ろと察した皐月は
なだれ込むように
そこに小さな体を横たえた。
お腹に、皐月が持って来たタオルをかけてあげると
「ににもー」
怒ったような声を上げる。
…眠たい時はご機嫌ナナメだ。
「にに、今本読んでるから…」
なんて言ってしまえば、
「やぁだー」
と、泣き出してしまう始末。
「あぁわかったから!」
皐月に泣かれると弱い。
何とか泣き止ませなくちゃと
思わされるんだ。
勝手に体が動いてしまう。
「はい。これでいい?」
皐月の寝転がった座布団の横に
全身を沿わせると
ひどく満足そうに
「ににもねんねねー」
僕の手を握って来た。
それをパッと見た皐月は
びっくりして目を見開いた。
「ににのてて、たいたい!」