第36章 満つ
「おとうーっ」
「はいはい、また今度な」
ヒラヒラと手を振って去ろうとするお父さんが、
憎い!
「お父さん忙しいって。
ちょっとくらい、いいのにねぇ?」
わざとお父さんに聞こえるように
声を張った。
すると、
「ねーっ」
と、わけがわかっているのかいないのか、
可愛い子が、僕の腕の中で可愛く同意する。
「よくねぇんだよ。
そんなことして遊んでる時間があるならなぁ
最初っからそうしてんだっての」
「そんな事わかってるよ。
それでも、ちょっとくらい相手してあげても
いいと思うよ。こんなに呼んでるのに、ねー?」
「…睦月、お前皐月の僕(しもべ)か。
兄ちゃんだったはずだろ」
「何とでも言って」
「今からそんな甘やかしてると
ろくな大人にならねぇぞ?」
「僕は皐月を甘やかすって決めてるんだ。
子どもを立派な大人にするのは
親の責任でしょ?僕の義務じゃないもん」
「…怖ぇ兄貴だな。なら
お前がしてやればいいだろ?たかいたかい」
わかってないなぁ…
「皐月は、
お父さんにして欲しいって言ってるんだよ」
「……へぇえ、自分が
楽しませてやりてぇとは思わねぇのか」
「皐月の思うようになるなら
それでいいんだ」
お父さんは呆れたように僕を見つめながら戻り
「お前の兄ちゃん、やべぇな」
腕に収まっていた皐月を片手で持ち上げた。
お父さんの大きな手は、
皐月のお腹を片手で持ってもまだ余る。
右の掌に皐月のお腹を乗せて、
「たかいたかーい」
その腕を屈伸させた。
肘を伸ばした勢いで、
皐月の体はぴょんと浮く。
その瞬間がたまらなく楽しいらしく
「きゃーっ‼︎」
にっこにこで、喜んでいた。
楽しい時は全身で表現する皐月が可愛くて
僕も自然と笑顔になる。
…こんな所お母さんが見たら卒倒するだろうな。
それをわかっているお父さんも
「いいか皐月、この遊びはな、
おとぅと皐月だけの秘密だぞ?
おかぁには内緒な?」
シィっと人差し指を立てたお父さんを真似て
「おかぁはしぃ」
皐月もまた、可愛い人差し指を立てた。
「よしよし、賢い皐月には…」
お父さんは皐月を待つ手に
グッと力を入れて
「飛行機だ…!」
高い位置でぐるぐる回し始めた。