第36章 満つ
「睦月?赤ちゃん、見てあげて?」
疲れ切っているはずなのに、
お母さんはにっこりと笑ってくれる。
僕が会いたがっていたのを知ってるから。
でも、なんだろう。
足が、口が、いうことを聞かないんだよ。
「睦月、どうしたの?緊張してんのー?」
横にいたお姉ちゃんが、
にやにやしながら僕の頬をつつく。
…自分だって、泣いてたくせにさ。
「ほら、一緒にいこ?」
小さい時によくしてくれたように、
お姉ちゃんは僕の手を握って、
お母さんの隣に向かう。
あったかい手は昔のまんま。
僕を安心させてくれる優しい手。
お姉ちゃんが手を繋いでくれたら
僕には怖いものなんかなかったっけ。
今だってこうして、
僕のことを導いてくれるんだな…。
「はい、睦月の、妹だよ?」
僕の両肩を押し下げて、
その場に無理やり座らせた。
僕の膝のすぐ先に、
小さくて…可愛くて
なんとも表現し得ないほどの
愛しい塊が
独特な、拙い動きをして横たわっている。
「妹…?女の子?」
「うん、女の子。…声、かけてあげて?
この子、睦月の声だいすきだから…」
僕が声をかけると
いつもお母さんのお腹がぽこっと動いた。
覚えて、いるのかな…
「…はじめまして。僕だよ」
緊張する。
何故だか、すごく照れる。
赤ちゃんって、ほんとに赤いんだ。
産まれたてなのに、髪の毛ふさふさ。
きゅっとすぼまった手の、
なんて小さいこと…
握った指の隙間に
自分の指を挟み込んでみた。
人差し指の先に、ちょこんと乗った手。
握る事はしないけれど
細い指が開いたり閉じたりして
…
「動いてる…小さいなぁ……
可愛いなぁ」
僕がそう言った途端、
眉を寄せて…
ひゅっと、息を小さく吸い込んだ赤ちゃんは
誰にも真似できないような泣き声を上げた。
「え…っ!ごめんね、
どうしよう…泣いちゃった」
おろおろするだけの僕に、
お母さんはくすりと笑った。
「大丈夫だよ。可愛いなんて言われて、
嬉しかったんじゃないかな。
だいすきなお兄ちゃんに褒められちゃったね、
よかったねぇ」
お母さんは赤ちゃんに話しかけながら
自分の胸にその子を引き寄せた。