第36章 満つ
ズズっと鼻をすすり上げ、
どうしよう、と少し焦った。
ご褒美?
ってなに?
…ごはん?
「わからずやだなぁ、お前の笑顔だよ。
泣いてなんかいたら
睦まで悲しくなんだろうが」
「笑ってるだけ?」
そんなのが、お母さんへのご褒美なの?
「当たり前ぇだろ。
つうか『だけ』ってなんだ。
笑うのって、どんだけ強ぇと思ってんだ。
今日って日はな、笑ってなきゃならねぇんだよ」
つまんだ僕の頬を、
口角が持ち上がるくらいに引っ張り上げて
「無理やりでも笑え」
無茶苦茶な事を言う。
さすがだよ。
ここまで誰かのために
何かをできるなんてなかなか無いんじゃないかな。
強い愛を感じる。
僕やお姉ちゃんに向けるのとは全然違う愛。
そんなふうに出来る人と出逢えるなんて
ひどく羨ましいと思った。
それにしても、
僕はそんなに羨望の眼差しを向けていただろうか。
「なぁんだよ」
優しい微笑みが、
まるで僕を揶揄っているようだ。
それなのに、ちっとも嫌な気がしないのは
やっぱりこの人からの
目いっぱいの愛を感じるからなんだろうな。
なんでもないよ、と、
そう言いかけた時、
僕やお姉ちゃん…
ましてやお父さんなんかとは程遠い
なんとも愛らしい泣き声が聞こえた。
「っ‼︎」
僕は勢いよく身を立てて
お父さんの肩を力いっぱい掴んでしまう。
そのお父さんと言えば
ゆっくり大きく息を吸い込み、
「っ……」
詰めるように数秒止めると、
「……っはあぁあー、」
長いため息に変えた。
掴まったその肩から、
風船がしぼんでいく時のように
力が抜ける。
その時初めて、
お父さんがそこまで緊張していた事に
気がついた。
僕は自分の事でいっぱいいっぱいだったのに、
お父さんはこんなに緊張しながら
僕の心をほぐしてくれたんだ。
お母さんも、お父さんも、
…尊敬する。
「…お父さん…お父さん!」
「痛ぇな、なんだ!」
ホッとしたせいか、
結構ぞんざいな扱いを受けるが
そんな事に構っちゃいられなかった。
「入っていい?もういい⁉︎」
「いや、開くまで待ってろ。
あの婆ァがうるせぇから」