第36章 満つ
私と睦月の顔を見比べながら彼が言うと
「…お兄ちゃん…?僕お兄ちゃん?」
蕾が開いていくような笑みを咲かせ
睦月は感動している様子。
「お兄ちゃんだろ。頼りにしてるぞ」
お父さんからそんなふうに言われ、
「うん!」
睦月は力強く頷いたのだった。
その日から毎日、
僕はお母さんのお腹を撫でた。
声を掛けるとやっぱり
ぽこっ
と可愛く動いて、
僕を幸せにしてくれる。
僕がわかるのかな?
声を聞いたら、安心する?
それとも、興奮しちゃう?
僕にも早く、君の声を聞かせてよ…
「待って!危ないから‼︎」
僕が追いかけると、
歓喜の声を上げて
むしろものすごい速さで逃げていく
小さな小さな影。
本気で止めようとしてるのに!
「追いかけっこじゃないんだよ⁉︎」
完全に勘違いしているのだ。
僕が追うとなんて嬉しそうに逃げることか…
お母さんが病気ではない事がわかり、
平穏な毎日を送っていた。
僕もお姉ちゃんもお母さんを手伝いながら…
と言ってもお母さんの元気は
普段以上のもので、
手伝いなんかほぼ必要なかった。
日々お腹は大きくなっていくのに、
お母さんはまったく平気な様子。
何かにぶつかったりもしないで
するする動き回るのだ。
見ているこっちがひやひやした。
だってお腹をぶつけたりしたら
赤ちゃんはどうなっちゃうの?
ケガでもしたら大変だ。
体調も気分もいいらしく、
ごはんはたくさん食べるし、
めちゃくちゃ働く。
買い物にもひとりで行っちゃうし…。
それをお父さんに訴えたら
睦が元気ならそれでいいとか
甘っちょろい事を、僕には言ったくせに
翌日からはちゃっかり
自分がつきっきりで手伝いをしていた。
ずるい…。
日常になりかけていたそんな風景が、
ある日の夜中、突然色を変えた。
寝ていた僕は叩き起こされ、
「母さんについてろ!」と
たったのひと言、お父さんに言いつけられた。
何事かと両親の寝室へと走ると、
布団の中で呻いているお母さんをみつけた。