第36章 満つ
それでも俺を睨みつけ
睦月は何も言わずに…
いや、何も言えずにと言った方が
正しいのかもしれない。
こいつ怒らせるような、
何もした覚えはねぇけどな…
「お父さん!」
「おぉ」
「呼ばれてないけど来ました!」
「ヘェ…そうかよ」
別に悪かねぇけども…。
普段穏やかな睦月にしちゃ
こっちが押されるような、
ものすごい剣幕に驚きを隠せずにいた。
「僕に言えない事ってなに⁉︎」
……なんのこっちゃ。
「何で僕じゃだめなの⁉︎」
「いやいや、何の話だよ」
「お父さん‼︎」
頭に血が上ってんのか、
感情の昂りを抑えようともしない睦月。
何の事を言っているのやらまったくわからない。
そんなことよりも、
「大きな声を出すんじゃねぇよ。
まだ睦は寝てんだから」
口元に人差し指を立てるも、
睦月の興奮はおさまらなかった。
珍しく、感情を露わにする睦月に
違和感しかない。
だいたい何の話だ。
つうか、弥生はどうした。
また寝坊かあいつは…。
遠くの方から声が聞こえた。
何かを訴えているような…
激しい…
…怒ってる?
何をそんなに、…
「お父さん‼︎」
そのひと言が、
私の耳を劈(つんざ)く。
同時にがばっと、
身を起こしてしまった。
睦月の声だ。
怒ってるんじゃない。
悲しんでるんだ…!
そう思った私は、
布団から急いで這い出て、
隣の部屋に転がり込むように突入した。
驚いたのは、
そこに対峙する睦月と天元。
化け物でも見るような目を向けられたけれど
そんなのは構わない。
「睦月どうしたの」
なぜこの子が悲しんでいるのか、
そこだけが私の心を支配していた。
「睦、そこ閉めてこっち来い。
冷えるから…」
言いながら私のそばまで来てくれた天元が、
そっと肩を抱いて
私を部屋の中へと促す。
寝て起きたままの私に、
自分の羽織をかけてくれて
並んで座らせてくれた。
テーブルを挟んだ向こうに、
情けない表情の睦月がいる。
あんな顔、久しぶりに見た。
どうしたのかと天元を見上げるも、
彼も肩を竦めるばかり。