第36章 満つ
…雨戸はもう開いていた。
開ける人物なんてただ1人だ。
お父さんはもう起きているに違いない。
僕は足に力を込めて立ち上がった。
「……睦月…ちょっと、!どこ行くの⁉︎」
お姉ちゃんは僕の手を掴み
慌てて止めに入る。
「待ってったら!」
「こんな所であれこれ詮索してたって
しょうがないじゃないか!」
「だからって…あ‼︎
あんたお父さんとこ行くつもりでしょ⁉︎
やめてよ、私が睦月に話したの
バレちゃうじゃないの!」
お姉ちゃんは、前に怒鳴られて以来、
お父さんに関しては保身に走りがち。
よっぽどこたえたのだろう。
「わざわざ『私に』話があるって言ったのよ?
あんたは知らない事になってるんだから!」
「だからなに⁉︎
そんな事よりお母さんの方が大事だから!」
僕はお姉ちゃんの手を振り払って
部屋から走り出た。
お姉ちゃんが怒られようが
怒鳴られようが構いやしない。
どう考えても、お母さんの体調の方が大事だ。
声すら追いかけて来ないという事は、
お姉ちゃんもさすがに納得したという事だろう。
廊下は、走らず、静かに。
大好きなお母さんに言われた事が、
知らず身に染み付いている。
走らないギリギリの速さ。
逸(はや)る気持ちを抑えながら、
僕はお父さんの部屋に向かっていた。
「失礼します‼︎」
襖の向こうで
情緒不安定丸出しの声がした。
泣く1歩手前?
はっきりしているのに
震える声を聞いて
俺は自ら襖を開けた。
廊下に膝をついていた睦月が、
驚いたようにこちらを見上げた。
俺が開けるとは思っていなかったらしい。
予想外のことに、
まんまるに見開いた目に涙はなく、
俺の気のせいだったかなと首を傾げる。
「どうした睦月。早ぇな…」
迎え入れるように、
テーブルまで戻り
その真ん中に腰を下ろした。
それを見て睦月は
部屋に入って襖を閉める。
俺の真前に正座をし
じっと俺を睨みつけて来た……
「…俺なんかしたか」
そんな疑問を口にしてしまうほど睨め付けられて
——あれ?俺が呼んだの弥生の方じゃ
なかったかと考える。
間違えたっけ…?
「俺、お前のこと呼んだ?」
と、アホみたいな質問を投げかけてしまった。