第36章 満つ
「うん。お腹すいた」
「そっか。じゃコレ運んでやる」
出来上がったうどんの器を持ち上げた俺を
心配そうに見上げてくるから、
ん?と首を傾げると
「…まだ、誰にも言わないでね?」
やんわりと釘を刺すように訴えた。
「言いませんとも」
はっきりするまでは。
…もうそのつもりでいるということは
内緒にしとこ。
僕は、寒いのが好きだ。
お腹の下に力が入って
背筋がしゃんと伸びる。
空気は澄んでいて気持ちいいし、
あったかい毛布にくるまるのが好きだ。
それに、庭の雪景色はなかなかきれいだから。
朝起きて、
布団から抜け出して、
雨戸がすでに開け放たれている為に
障子を開ければそこは庭。
冬の遅い朝。
夏だったら、
もう庭いっぱいに陽の光が降り注いでいるだろう。
まだひっそりとしているこの時間は
自分だけの隠れ家のようで
とっても心地いい。
耳が詰まったような感覚がする。
何かに塞がれているようになったのは
雪のせいかなぁ…
木々が、帽子をかぶったみたい。
うっすらと積もっていて、
僕は両手を擦り合わせて
はぁあっと息を吐いた。
真っ白な僕の息は空気に溶けて…
「睦月おはよ」
聴き慣れた声。
まさかの、声だ。
「おはよう…」
「何、その顔は」
「早いなと思って。珍しいね」
「珍しくないし」
「…お姉ちゃん、いっつも寝坊するじゃない」
「ちゃんと起きる日もあるの!
そんな事はいいんだよ!」
お姉ちゃんはイラついたように僕の腕を掴み
そのまま部屋の中に引き込んだ。
イライラを僕にぶつけるのはやめてもらいたい。
「僕、庭見てたんだけど」
ぴったりと障子を閉めて、
僕の言い分なんか聞く気もないのか
キョロキョロと忙しなく目を動かすお姉ちゃん。
「シッ!」
人差し指を口元に立て、
僕に黙れと言う。
何事かと、僕は押し黙った…
何を警戒しているのかもわからないけれど、
ただ事じゃない雰囲気が
ビシバシ伝わって来た。
「……」
「あのね睦月、」
怪しい雰囲気は感じられなかったのか、
少し安心したように障子から離れ、
僕の前に膝をついたお姉ちゃんが
声をひそめて話し出す。