第36章 満つ
私を抱きしめてくれている天元も
まだ夢の中。
あの時はまだ夕方だった。
みんなに、心配も迷惑もかけちゃったな…。
小さくため息をついて、
何となく目線を上げると
ぱっちり開いた目が私を見下ろしていた。
まさか起きているとも思わず、
必要以上に驚いてしまう。
「おは、よ…」
それでも何とかあいさつをすると、
少し緊張したような眼差しで、
「あぁ。調子はどうだ」
顔にかかった髪をのけてくれた。
「うん、もうすっかりいいよ。
いっぱい寝たからかな」
大丈夫な事を伝えるために
大袈裟に笑顔を作ってみせる。
それを見て天元は緊張を空気に溶かして
「そうか…。よかった」
唇をおでこに押し当ててきた。
包み込まれる感覚がとても心地いい。
「なんかあったら隠さず言えよ?
弥生もしっかり支えてくれるようになったんだ。
ちゃんと頼れ」
「うん」
「睦がいねぇと
この家回らねぇからな。特に俺」
そうだね、
事あるごとに、この人はそう言う。
昔の私なら、
私ひとりいなくなった所で何も変わらないと
本気でそう思っていただろう。
でも、今は違った。
私がいなくなったら、
家族に迷惑がかかるとちゃんと自覚している。
…変わったなぁと自分でも思う。
それは、いい変化だとも思う。
「あぁ…よかった」
心からホッとしたような声が、
おでこからほっぺたまで下りてきて、
「もうほんとに元気か?」
「うん」
「ムリしてねぇか」
「うん…」
多分。
「ホントにいいんだな」
「…うん。そんなに訊かれると
自信なくすんだけど。
大丈夫じゃなさそうに見える?」
「いや…お前すぐに隠すから」
むぅ…。
「そんなの隠したってすぐに気付かれちゃうし
逆に迷惑かけるってわかってるから隠さないよ」
「あぁ、そうだな…」
ご名答とばかりに笑い、
その返事と共に降ってくる唇。
しっとりとした口づけが、
心まであったかくしてくれる。
離れては口づけてを繰り返されて
おかしな方へ向かうのを否めず、
もぞりと身をよじって見せると
「……何もしねぇよ?」
白々しく言ってのける天元。