第35章 満天の星の下
「からかってるんじゃねぇよ?」
両手でほっぺたを包んで、
上向かせる。
「だってよー…そんな事しなくたって
俺はずっとそばにいるつもりだし、
今だってここに居るじゃねぇか」
当たり前のようにそう言われて、
「…それは、そうだけど」
「なんだよ」
「…そうじゃなくて」
「はっきり言えよ、聞いててやるから」
言葉は悪いくせに
ひどく優しい瞳で見つめるから
言いたい事もうまく言えなくなるよ。
だって、
天元がそんなふうに言うから
ほんとにただの遊びみたいに思えてくる。
でも聞いてくれるって言うなら
聞かせてみよう。
この人ならきっと、ちゃんと聞いてくれるから。
「現実は、私にひどく厳しかったんだ。
したくない事もいっぱいさせられた。
平気なフリしてたけど
全然そんなことなかった。
平気になったのは
何年も経ってからだった」
私が吐き出す昔話を、
天元は真剣に聞いてくれていた。
だからつい、甘えてしまう。
「心の中くらい、
自分の思い通りにしたかったんだ。
横断歩道の白いところだけ乗って渡れたら
誕生日が来るとか、
今日のお客さんの言う事がきけたら
もうそんな事しなくて済むとか…」
そう話した途端、
天元の手が私の頭から離れて行った。
あぁ、行かないでほしい…
「失敗したけど、そばにいさせて…」
「ばーか」
優しすぎる悪口。
愛しさに溢れたそしりを受けて
私はもう泣いてしまいそう。
心がほぐされて
どろどろに溶けてしまいそうだ。
長い腕を大きく広げて、
「もう1回、チャンスをやるよ。
ほら、目ぇ瞑って…
そのまま俺の胸に上手に飛び込めたら
睦は一生俺のもの」
「なに、それ…
なんで…私みたいなこと言うのよ。
何にもしなくても、俺のものだよって言ってよ」
ぽろりと零れてしまった涙。
私も天元も、気づかないフリ。
「だってそんなん、
お前認めねぇじゃん。
がんばった末の、ご褒美だろ?」
「がんばったって…
たったこれだけの距離で…」
私の腕でも、伸ばせば届く。
「たかがこれだけだが、されど、だろ?
近く見えて、結構遠いんだよ。
俺が淋しいから、早く来い」