第32章 ほころぶ
「えぇ?だって褒め言葉なのに」
しかも結構上級の。
「わかってるよ?お前が父親を好きなことは。
睦にとってはそうなんだろうな。
ただそれが俺に対する褒め言葉かって言やぁ…
違う気がするぞ」
ものすごく複雑そうなこの表情からして、
本当に言葉を間違えてしまったらしい。
「そう、か…ごめんね?
じゃあ…」
なんて言えばいいかな。
「すき」
「…そりゃまた、完結でわかりやすいな」
拍子抜けしたように
ぽかんとする天元。
あれー?また不正解…?
そうか、
『すき』は褒め言葉、ではないな…
それなら……
首を傾げる私を見て、
ふっと表情を和らげた天元は
「ちゃんと伝わってるから大丈夫だよ。
さぁ、せっかくだし、ちょっと休もう」
私を促すようにその場に座り込んだ。
直に地面に座る天元を見て
「敷物…持って来たら良かったね」
私はちょっと悪いような気になる。
「こんな場所だしなぁ。
持って来られなかっただろ?」
…確かに、
あの険しい道のりを思い出すと
荷物はこのお弁当でギリギリだったかもしれない。
「うん…でも、」
「気にするな。俺が選んだ場所に
睦を無理矢理連れて来たんだ。
だからお前はココに座っていいからな」
天元は自分の膝をポンと叩いた。
「無理矢理だなんて…そんな事ないよ。
私も隣に座る」
何の躊躇いもなく、彼の横に膝を折って座る。
「あー、着物汚すぞ?」
「それは天元も同じでしょ?」
「気に入ってるだろ、その着物」
「コレもソレもお気に入り」
コレは自分の着物。
ソレは天元の着物。
私は、淡い空色に桜柄、総絞りの。
天元は、青鼠色の揃えの。
どちらも大好きだ。
汚れたら悲しいな。
でもその汚れを気にしてこの状況を楽しまない事は
もっと悲しいように思えるんだ。
「でもいいの。
もっと大切なことがあるから」
私はお弁当の包みを開く。
「張り切ってね、たくさん作っちゃったんだ。
食べきれないかも」
作った時の自分の浮かれっぷりを思い出して
ふふっと自嘲してしまった。
「食い切るさ」
「…そうだね」
私のごはん、大切にしてくれるもんね。