第32章 ほころぶ
「うん、ありがと。もう大丈夫」
足の震えなんか、
とっくに止まっていた。
歩ける事を伝えると、
それでもそぅっと私を下ろしてくれる。
そして私がちゃんと立ち上がるまで
しっかりと支えてくれた。
相変わらず、優しいの…
「…ありがとう」
「睦は俺のオヒメサマだからな。
大切に扱わねぇと」
戯けたような物言いに、
あぁ、私に気遣いさせないためだなぁと感じた。
天元は、…本当に優しいから
私はたまに泣きたくなるよ。
こんな私を、ちゃんと愛してくれる。
それが伝わってきて…
こんな事でいいのかなっていつも思うんだ。
「行くぞ」
ぼーっとしている私にひと声かけて
天元は置いてあったお弁当を拾い上げる。
「うん!」
彼の心配をよそに、
桜たちはほぼ満開。
風がそよぐと、花びらを散らして行くほど。
美しくも、切ない光景だ。
連れてきてもらったこの場所は
そこらじゅう一帯が桜の木。
おかげで地面は桜色の絨毯。
高く昇った満月が桜の花を映して
それは見事な光景だった。
それにしても、随分深い山の奥だ…。
「何でこんな場所に来たの?」
散歩道にしては、人里離れすぎている。
偶然みつけるにしては不自然すぎるような…
「…そういうのはな、訊くだけヤボってモンだ」
口の端をニッと持ち上げて見せて
天を仰ぐ。
私もそれに倣うと
視界いっぱいに、夜色に染まった桜の花たち。
風の流れにそって揺れる姿は
私の心をひどく躍らせる。
わずかな隙間からは満月がのぞいて
絵に描いたような美しさに
私はツと足を止めた。
「…さすがだな睦。
ここからの眺めが、1番美しい」
空を見上げたまま
彼も足を止める。
まるで自分も、
長めのいい場所を探していたかのようだった。
両脇から手を伸ばす桜が、
満月を掬い上げているみたいな光景を
ただ黙って眺めていると
「…酒があったら『のみ』だったな」
ぽつりと彼が言う。
「花札?」
「お、知ってんの」
嬉しそうに私に目を移した。
「多少。ごめんね、そこまで気が回らなくて」
「ん?酒か?いや、いらねぇよ。
それが目的じゃねぇ時は
出先では飲まねぇって決めてんだ、特に今日は」
そう言って意味深に私を見下ろす。
……?