第32章 ほころぶ
と、
ひとりで悶々としている時、
しゃがんでいた天元が
立ち上がり様に私を抱き上げる。
「…っ⁉︎」
なんの心構えもなく横抱きにされ、
突然訪れた浮遊感に
びっくりしすぎて声も出なかった。
「そうだ、最初っからこうすりゃよかったんだ」
「い、いやだよ…だってこれ…」
「あ、弁当ちゃんと抱えとけよ?ほら両手で、」
私の嫌な予感は、
きっと立て続けに的中する事になるんだ。
だって…。だって普通に歩いて行くわけがない…
子どもの時でさえ、
私を抱えたまま木の上に飛び乗ったこの人だ。
「ねえ、聞いてよ!天元、っ」
「動くと落っこちるぞ」
「うそ、…いぃやぁあ…!」
私の身体を抱え込み、
いやだと言っている私の言葉になんか
微塵も耳を貸さない天元は
玄関の式台に足を掛けるくらいの容易さで
そばに立っている木の枝に飛び上がった。
「高い所こわいの知ってるでしょう!」
「この方が早ぇんだよ」
「うーわぁ、たかいぃい!」
つい下を見下ろしてしまう私の頭を、
まるで目隠しするように
顎と首で挟んでくれながら
「下見なきゃいいだろうが」
ワケがわからないというような物言いをする。
「だって気になっちゃうでしょ⁉︎」
「俺がいりゃ間違いねぇっての」
「わかってるけど!」
「おぅ、弁当ちゃんと持ってんだろうな」
「持ってるよ!」
「じゃ俺のために仕舞いまでよろしく。
その弁当、すっげぇ楽しみにしてるからな」
「お花見とお月見だよ」
「睦が作ったメシありきだろ」
「…ふふ、ありがと」
「礼言われるようなこと言ってねぇし」
「嬉しいもん。
そんなこと言ってくれるの天元しかいない」
「だからぁ、俺以外は必要ねぇんだよ。
もしいたら許さねぇわ」
「幸せ」
「幸せすぎてもう怖くなくなったろ?」
「うん、…全然平気」
わざと、関係のない話を続けてくれた。
ちょっと気づいていたけれど
その気配を感じて
私は素直に乗っかった。
そのおかげで…
気も紛れて全然平気になっていたよ。