第32章 ほころぶ
幸せが込み上げてきて
自分が何も身につけていない事も忘れて
彼の頭をぎゅっと抱きしめてしまった。
そして、今。
るんるんと、楽しい気分が態度に出てしまう私。
それを顔だけで振り返り
「そんだけ喜んでもらえりゃ
行く甲斐もあるなぁ」
天元はふっと笑ってまた前を向いた。
道ゆく人も随分と少なくなってきている。
時間が進んだ事もあるけれど、
だいぶ町から外れた所まで来たからだ。
「どこまで行くつもりなの?」
「どこだろうなぁ?」
「また内緒?」
ゆったり歩いているくせに
どうして天元はこんなに早いのかな。
…歩幅のせい?
前を行く彼から離れないように
羽織の裾を軽く掴んだ。
くっと突っ張った羽織を気にもせず、
「内緒ってんじゃねぇよ。
んー…山ン中、としか言いようがねぇだけで」
少し顎を上げ小首を傾げて見せた。
「え?山の中?」
びっくりした勢いで
掴んだ羽織をぎゅうっと手繰り寄せた。
「おぉ…?だぁれも居なくてなぁ、
気持ちいいぞ」
それは、そうなんだろう。
でもそこ、…私でも行けるかな?
私の予感は的中…
「天元待って、はやい…!」
「早いってお前…これ以上遅めたら止まるぞ」
「…止まって」
「こら、それじゃ着かねぇだろ」
ため息混じりに言われて
彼に呆れられた事はよくわかった。
ただ、呆れられた所で足はもう前に出ない。
前、…というより、上?
天元の腕につかまって
ものすごい力で引っ張ってもらっているから
随分と助けられているはずなのに、
普段の運動不足が祟って
何とも情け無い有り様だ。
だけどすごい急斜面なんだよ?
そりゃあもう有り得ないくらいの急勾配。
いきなりこんな所を登れなんて方が無理な話。
「しょうがねぇなぁ、」
天元はよいしょと私の横にしゃがみ込んだ。
「…あ、コレ、睦が持つ番な」
ずっと抱えてくれていたお弁当の重箱の包みを
私にしっかり握らせる。
私は風呂敷の結び目を持って、
更に底からも支えた。
渡されたから反射的に受け取ったけれど
このツラい状況で更に荷物を増やされるというのは
ちょっと理解しがたいのですが
いかがでしょう…?