第32章 ほころぶ
「ごめんて。揶揄ったワケじゃねぇよ、
淋しかっただけだから」
「…淋し…?」
なにそれ、ずるい。
「お前がいなくて淋しかったの。
ずっと待ってた俺に、ゴホウビがあっても
いいんじゃねぇの?」
ずっと待ったって言ったって…
遊んでいたわけじゃない。
今日の為のお弁当作っていただけなのに。
でもいつもよりちょっと可愛い天元に
涙も気持ちも収まって行く。
「置いてくなって言うから
俺はお前をひとりにしねぇだろ?」
「私の気持ちがわかった?」
「わかりたくもなかったが
わかっちまったね」
機嫌悪そうに眉を寄せる天元に
「…今日なんだか可愛いね」
つい禁句を口にしてしまう。
「……」
思った通り、居心地悪そうにしている彼。
この人はその言葉が好きじゃない。
私には散々言うくせにね。
「嬉しいんだけど」
彼の乱れた気持ちを落ち着かせようと、
私はそのほっぺたに唇を落とした。
「いい意味なのに。
こんな天元見られるの、私だけでしょう?」
ちょっと甘えてみせると
「んー…」
満更でもなさそうに私の髪を梳く。
だから私も、その銀糸の髪を撫でた。
「この俺をガキ扱いかよ」
「よく言う。いっつも私のこと子ども扱いするくせに」
「おー?…して、ねぇけど」
「その言い方は
思い当たる節がありますねぇ?」
「…多少…?でもお前可愛いだろ。
子ども扱いっていうより…猫可愛がり…?」
「…なにがどう違うの」
自分の事を棚に上げて
しれっとしている天元を睨むと
「…善処する」
無念とばかり、目を伏せるも、
「じゃオトナ扱いしよっかな」
即復活した天元は
くるりと体制を入れ替えて
私の上にのしかかる。
「そんなのいらない。
お出かけはどうなったのよ!」
天元の両頬をぐにっと引っ張ってやった。
「いへぇいへぇ。
ほえなんやけおいいこおおおいういあ」
…何を言っているのやらわからず、
仕方なしに手を離してあげる。
「いいコト思いついた、って言ってんの」
「いいコト?」
「そ。だからオトナごっこしようぜ」
「絶対にイヤ。『だから』って何よ、
この状況で私がそんな事すると思う?」