第30章 秋の思い出
売り子のおばあちゃんが
にこにこと私の事を見つめていた。
…?
知り合い、ではないと思うけれど。
「…可愛いお嬢さん、こちらなんていかが?」
片手を底に添え
ある一足を揃えてこちらに向けた…
私はその下駄を見て、
キッと天元を見上げた。
知らんぷりをした天元。
にこにこのおばあちゃん。
「下見でもしに来たの?」
「ンな面倒な事するワケねぇだろ」
「ウソでしょ?でなきゃこんな…」
私の疑惑たっぷりな視線をすり抜けて
「それもらうわ」
天元はスンとしておばあちゃんに言った。
「ありがとうございます」
おばあちゃんはにこにこと言って
その小さな背中を丸めた。
「天元」
「なんだ」
「…ありがと」
「おぅ。…何だか調子狂うな」
ぶつぶつ言いながら
天元はお金を手渡している。
『黒い台で瑠璃色の鼻緒のがいいなぁ。
加えてあと丸だと尚いいなぁ』
さっき天元はそう言った。
そして今、おばあちゃんが私に見せたのは
全くその通りの下駄。
用意周到な彼の事だもの。
下調べなんて朝飯前。
最初に感じたあの目線は、
私ではなく、天元の事を知っていたからだ。
すなわち、…下見済みという事。
「一緒に選んでくれてもいいんじゃない?」
私がポツリと言うと、
ハッと動きを止めて
「気に、入らねぇか…?」
ギョロっと私を睨む…
怖い…
「すっごく私好み」
「…そうだろうな」
ほっと肩から力を抜いた。
「…でも、そうだよな。
お前の楽しみ、奪ったらダメだった」
天元は考え直したように顔を上げ、
「じゃ、片っ端から
睦の好きなモン見に行こう。
祭りと言えば食い物かな」
食べ物か、
「いっぱい食べる!」
元気に返事をすると
天元は嬉しそうに笑ってくれた。
水飴は天元が練ってくれて…
私はその間にたい焼きを頬張って、
「天元じょうずだね」
私は感心していた。
「じょうずだね、じゃねぇよ。
こんなモンは
てめぇで練って楽しむモンじゃねぇのか」
「…食べるのが好きだな、」
「ったく…お前は。こんな甘え方しやがって」
大きな体躯の割に、
細かい作業もお手の物。
天元は本当に頼りになるなぁ。
かくいう私は、両手にダンゴ。