第30章 秋の思い出
「…新しいの買おうぜ。
今日だって可愛いのどっかで売ってるだろ」
「えぇ?直してもらったばっかりだよ?」
「替えがあったって損はねぇだろ?
似たようなのでもいいし、
全く違ったのでもいい」
「まだ使えるし」
「黒い台で瑠璃色の鼻緒のがいいなぁ。
加えてあと丸だと尚いいなぁ
睦が履いたら可愛いだろうなぁ」
ものすんごい圧を感じた。
買わせろ感が…
「…新しい下駄を、買って欲しいな…」
雰囲気に飲まれた私がそう言うと
ぱっと笑顔を咲かせて
「おぉ楽しみだなぁ、新しい下駄」
それはそれは嬉しそうに返した。
……
でもまぁ、甘えろって言われてるし、
して欲しいことを素直にしてもらっても
バチは当たらないかなぁ?
「嬉しいな」
私だって、悪いなって思って遠慮してるだけで
欲しくないわけじゃないの。
天元が私の事を思ってくれているのがわかるから
本当に嬉しいんだよ…?
「お前が物大事にするのわかってるからな」
「…うん?」
「だから睦には買ってやりたくなるんだよ」
「そ…なんだ」
何故だかわからないけれど
そのひと言がすごく心に響いて
私はつい、天元に抱きついてしまった。
「おぉ、…どした?」
顔は見えないけれど、
きっと優しく微笑んでいるんだろうな。
だってそんな声をしてる。
「嬉しかったか?」
「うん。すごく」
「そうだと思った」
「さすが天元」
私の事は何でもお見通し。
「下駄、痛くない」
「そうか、良かった。
でもゆっくり歩こうな」
「うん」
「よし!じゃ行こ」
勢い付けるように
私をきゅっと抱きしめてから
天元は立ち上がった。
当たり前のように手を繋いで歩き出す。
向かった先は、さっき話した下駄のお店。
「どこにあるか知ってたでしょ」
どっかで売ってる、
なんて言っていたくせに
迷いもなくたどり着いたのだから。
「いーや、偶然だね。
俺様の事を引き寄せるのよ、何て言うの?運?」
絶対ウソよ。
最初から買うつもりだったに違いない。
でも…それだって私のためなんだよね…?
そう思うと嬉しくて。