第28章 恋模様

「抱きしめてる」

わかっとるわ！

「離して下さい！」

「離されてぇか？」

「……」

「離してほしいかよ」

……それは、微妙だ。
他でもないこの人に
こんな事をされている状況が
嬉しくないわけじゃないからだ。

でも私にとって宇髄天元はアイドル。
いわゆる偶像というやつ。
現実には居なくてもいい存在。
物陰からこっそり覗いていられたら
それで充分満足なんだ。

妙な間ができた。
それを宇髄さんは否と捉えたらしい。
すなわち、私は『離してほしくない』と。

いやいや、違います。

「ごめんなさい。帰ります。
だから離してほしいです」

「…お前どんだけ家が好きなんだよ。
いっつも帰る帰るって…」

強く巻きつく腕が離れないと言っている。

「…言いませんでしたっけ？
すること満載なんです」

こう見えて忙しいのだ。

…そんな事よりも、

私はこの人に触れてはいけないのだ。

「…本当に離してほしいです。
私にとって宇髄さんは現実じゃないんです」

「そんなひどいこと言うのか？」

傷ついたような目を向けられて
私は言葉の間違いに気がついた。

「えぇっ！あ、…えと、そうじゃなくて…」

私の事を慌てさせておいて、

「…俺より大事な用事ってなに」

自分は何でもなかったように話題変換をする。

「…俺より、って…」

まるで恋人のような物言いに
違和感しかない。

「だってお前、満更でもねぇだろ」

…バレました。

「お前ちっせぇなぁ…」

しみじみと言われ更に埋め込まれた。
それでも私が腕を立てると
力をするっと緩めてくれて…
力づくでどうこうしようとしているわけではないのがわかった。

愛しげに細められる目。
…

「俺が好きならそう言えば？」

「…っ言いません」

「なんで。言えよ、好きだろ？」

髪を梳かすように、頭を撫でられた。
それが、
子どもにするのともペットにするのとも違い
…ひどく甘くって、
私は今まで平気だったのがウソのように
急激に照れを感じた…

好きだろう、と問われ、
恋愛とは程遠いと思っていたこの気持ちが
そうではないのかもと
気付かされた感じだ。

あれ、
さっきまで、アイドルだと思い直したばかりなのに。
好き、の種類は
違っていたはずなのに。