第28章 恋模様
「お、お礼なんて結構です。
大して役に立ってないのに…
それより私、行かなきゃいけない所があって…」
……
「デート?」
行かせねぇし。
…俺ってやなヤツだったんだな。
「え?」
「なんでもねぇ」
「あの…帰ります。
ほんともう今日は…」
そう言うものの、
ドアの前に立つ俺が邪魔で出て行くことは出来ず
困り果てている様子。
「時間は取らせねぇから。
俺のためと思って頼む」
頼むから…
俺の必死な思いが通じたのか、
睦は少し悩んだ末に
「……ちょっと、だけなら」
俺の聞きたかった答えをくれた。
コーヒーは飲めないんだそうだ。
なぜなら、苦いから。
砂糖もミルクも入れてやると言ったけど、
それでも苦いんだそうだ。
…他の誰が言っても何ともない台詞だが
睦が言うだけで可愛く聞こえるから
俺はもう重病だ。
だから、棚の1番奥に仕舞い込んであった
消費期限ぎりぎりのアッサムティーを、
ミルクティーにして出してやった。
リビングのテーブルで
カップにふうふうと息を吹きかけている…
その姿は、こんなに可愛かったかと思うほど
俺の心にぶっ込んで来る。
礼ったって、
昨日たまたまもらった
有名菓子店のロールケーキだ。
別に用意してあったわけじゃなく、
本当にたまたま…偶然だ。
あって良かった、くらいな。
「宇髄さん…」
キッチンでそれを切り分ける俺の背に、
睦が呼びかける。
「おぉ」
「この辺の本、見させてもらってもいいですか?」
振り向くと
本棚に並んだ美術書を物珍しそうに覗き込んでいる。
「好きにしていいぞ」
そんな物を見ておもしろいかどうかは不明だが
ヒマつぶし程度にはなるだろう。
そう思った俺は再び
ロールケーキと格闘するのだった。
「おい見ろよ、
俺様のこの美しいケーキのならべ、かた……」
大皿に盛った渾身の作を
掲げるようにしてリビングに戻った俺、が、
目にしたのは
美術書を見ていたとばかり思っていたのに
何故か俺のスケッチブックを見て
固まっている睦の姿だった…
ほぼ強制的に連れてこられた
大学から徒歩数分の場所。
宇髄さんの住んでいる部屋。
お礼をさせろと言われ折れた私は
後の予定のことを考えて
すぐにお暇するつもりだった。