第28章 恋模様
「早く、お迎えに来てくれるといいですね」
私が笑顔で言うと、
甘露寺さんもにっこり笑ってくれた。
何事だろう。
ガラス張りのエントランス。
そこに甘露寺と話す睦の姿を見つけた。
あいつ、大学来てんのか…
ここ1週間、睦を見かけることなど
ほぼ無かった。
それと言うのも、
あいつが温室に来なくなったからだ。
あの、俺が課題に付き合わせた次の日から
睦は温室に姿を見せなくなった。
どういうつもりかはわからない。
俺は、何もしてない、…と思う。
え?
役立たず、とか言ったからか?
そう思ったら
背中の辺りがそわそわしてきて
どうにもジッとしていられなかった。
写真科に乗り込もうかと考えもした。
でも、そうして…その後どうする?
何で温室に来ねぇかと問いただすか?
…なんの権利があって
俺がそんな事を言えるだろう?
あいつの不機嫌そうな顔が目に浮かぶ。
そしてその後、迷惑そうに目を逸らすのだ。
目立つ事を極端に嫌う。
あいつの行動など、手に取るようにわかる。
この1週間、考えるだけ無駄なアレコレを
どれだけ考えただろう。
すぐに動くタイプのこの俺が。
ここまで慎重になることなんて初めてだった。
それだけ、本気ってことか?
そして、やっと。
やっと睦を見つけた。
それなのに。
それなのにだ。
『お付き合いを始めてからに
決まってるじゃない!』
…甘露寺の声はでかい。
しかもよく通る。
オ付キ合イヲ始メテカラ…?
誰と、誰が?
睦と、誰が?
『わかった!この大学の人じゃない人と
お付き合いしてるのね?これからデート?』
いちいちよく聞こえるカン高い声…
それに対する睦の声は小さくて
肯定しているのか否定しているのか
まったくわからない。
ただその後睦は、
遠慮がちに微笑んで見せたのだ。
それはもう、
限りなく肯定に近いのではないだろうか?
ガラガラと、
世界が崩れ落ちて行くような感覚に陥った。
睦が、誰かと付き合っている?
この俺じゃない誰かと。
あれ?
俺は何をしてたんだっけ?