第28章 恋模様
初めて、他の科の教室に入った。
作りは同じなのに違う場所のようだった。
窓から見える景色も同じ。
でも少し角度が違うというだけで
まるで別世界だ。
私は窓辺に寄ると
カメラを構えるのも忘れてその景色に見入っていた。
向こうに建つビルが真正面。
いつもはあの大きな木に隠れている
赤い屋根のおうちが全部見える。
そんな、ちょっとの違いの見分けがつくほど、
私はこの景色が好きだったんだなと思い知った。
そんな事をしてる間に
宇髄さんはガタガタと音を鳴らしながら
イーゼルとキャンバスを持ってきて
手近な椅子を引き寄せる。
「好きにしてていいぞ?
勝手に描いてるから」
「……じっとしてなくていいんですか?」
モデルって、
ただ動かずにいるイメージだったのに。
「止まってるヤツ描いたってつまんねぇだろ。
躍動感がなくなる」
「止まってなくても描けるんですか?」
「俺様は天才だからな」
少し胸を張って見せる宇髄さんが可笑しくて
私は声を上げて笑った。
「それなら私、いらなくないですか?」
「いるに決まってるだろ」
「冷たい言い方…」
顔をしかめた私に
帰られては困るとでも思ったのか
「悪ィ悪ィ!あー…後でなんかおごるから」
取ってつけたような台詞をはく。
「そんなのいりませんよ。早く終わらせて下さい」
そんな事を言いながら
もう帰って現像するのもプリントするのも
無理だと諦めていた私は
頭の中を切り替えて
ここで楽しむ事に決めていた。
だから別に、おごってもらわなくても結構だ。
だいたいこんな人と行動を共にするなんて
心臓に悪くて仕方ない。
課題をこなそうとしている人に
あれやこれや話しかけるのもどうかと思い、
私は言われた通り、好きな事をした。
窓枠から身を乗り出して
真下から見上げた空を撮ったり
教室の片隅にある、小さな落書きを撮ったり…
さすがデザイン科だけあって、
落書きもとっても上手だ。
私好みの、ピンク色の小鳥。
枝にとまっている姿がなんとも愛らしい。
「…可愛い」
つい笑って、次の被写体を探す。
レンズを覗き込み、ぐるぅりと見回すと、
向こうの壁の隅にも、
同じように可愛い落書きを見つけた。