第8章 6.
コンコン、という音で思考が一時止まった。ああ、戻ってきたか。灰皿に煙草を押しつけて消火し、換気扇のスイッチを入れて扉を開けた。
風呂に行った時と違い手ぶらで、衣服はこの旅館の浴衣。ニコリとでも笑いでもすりゃ、そりゃあ可愛いもんだが。
「おう、ゆっくりだったな」
『なかなか良かった。そう入れるもんじゃないしな』
良い香りを振りまいて部屋に上がる。ドアを閉め、付けっぱなしのテレビの前に俺は座った。
泣いてばかりだったあの時よりも酷いかもしれない。笑う、といっても口元だけ僅かに緩める、ビジネス用って程度で感情を出さない。負の感情は出せるみたいだが、俺が見たいのはそんなモノじゃなかった。かつての進化の家での子供らしい笑顔を思い出し、自分と同じ柄の浴衣を着たハルカを見る。
「浴衣、似合ってるぜ」
頬杖をついてそう言えば、顔色も表情も変えず…、というか俺を見る事もなく。視線はテレビに向けたままで褒められた事に気づいていないのか、興味がテレビの内容なのか。
『そりゃどうも。この浴衣、普段着に似ていてだいぶ着易いんだ』
「……」
これだ。駆動騎士やメタルナイトや、鬼サイボーグといった、サイボーグよりそれらしい。こうなってしまったのも俺の責任でもある。幸せな人生を歩ませたくて進化の家から連れ出したはずが、ハルカだけが不幸なままだった。
"ヒーローは護る為にあるのだ"と何処かで聞いた。まさにその通りで護らなくては……とも思った川での事。
想像以上にハルカは強かった。ジーナス博士は一般教養よりも、戦闘能力に重きを置いた教育をしていた。こういった特殊能力は貴重であるから、本気出せばS級レベルだ。
テレビを見るハルカを品定めするように見ていた(というか確かにしていた)わけだが、俺の視線を感じたのかその視線は俺と合ってしまう。
『何さっきから見てるんだ変態。服は洗濯中だから仕方ないだろ、そんなにじろじろ見るな』
苛立ちを含んだ口調でそう言う。正直どういう意味か分からず、俺は「何が?」と疑問を目の前の奴に問いかけた。
煙草の箱から一本取り出し、ライターで火を付けようとした時になって(随分間を開けたようだが)ボソリと聞こえてくる。